34.

(今、何時?)


 紗江は目を閉じたまま意識を探り、なんとなく違和感を感じた。

 肌に触れる寝巻きと布団の感触。そして、妙な安心感。


 そう。紗江は不思議に安心していた。この温もりに…。


(えっ?温もり?)


 身を捩ろうとすると、体が固定され動かないことに気づいた。そこで紗江は始めてその目を開いた。


(ど、どして?)


 目の前に正樹がいる。そして、紗江は現実へと意識を取り戻した。

 紗江がもぞもぞ動いたことで目を覚ましたのだろう。正樹が閉じていた目を開いた。


「おはよ」


 寝起きで少し掠れた声が紗江の耳に届く。


「おはようございます。…あの、どうして」


 確か正樹に布団を掛け、その寝顔を見ていたことまでは覚えている。それがどうして、彼の腕の中でしっかり抱かれたまま横になっているのだろうか。


「ん?あぁ、これ?」


 正樹はまだ少し眠そうな目で紗江を抱く腕に少し力を入れた。


「いつの間にか寝てたみたいで。紗江が寒かったのか擦り寄ってきてたから、こうしてあっためてた」


(あのまま寝ちゃったんだ)


 納得していると、正樹がさらに腕に力を入れ、紗江を引き寄せて密着させた。


「あ、あの」

「ん~、紗江、気持ちいいから」


 そう言って正樹は再び目を閉じた。

 眠ってしまったのだろうか。小さく息をつき、体の力を抜いた。心地よい腕の重みが紗江の背にかかった。


 そういえば、やけに寒くて、手を伸ばした先で触れた温もりに近づいたようなおぼろげな記憶がある。そうしたら、急に体中が温もりで包まれて、心地よさに再び意識を手放した。もしかしたら、あれがそうだったのだろうか。

 横になったままで顎を上げ、問うように正樹の寝顔を見ていたが、答えは分からなかった。


 その時、ふと、自分が正樹の腕を枕にしていることに気づいた。


”腕がしびれるから嫌いなんだよ、腕枕って”


 前に付き合っていた彼氏が、そんなことを言っていたのを不意に思い出した。なぜそんな話になったのか、腕枕なんてしてくれたこともないくせに言われたことが、紗江の胸に『しみ』のように残っていた。

 正樹を起こさないよう、紗江は少しずつ頭をずらした。


「ん?どした?」

「ご、ごめんなさい」


 慎重に動いていたのだが、この状態ではやはり無理があったようだ。紗江は眠りを妨げてしまったことを謝った。


「気にしないで。寒い?」


 正樹は寒さのせいで紗江が身じろぎしたのだと思っているようだった。


「いえ、寒くはないんですけど」

「けど?」

「腕、大丈夫ですか」

「腕?」


 紗江が枕にしていた腕から頭を浮かすと、「あぁ」と言って正樹は再び紗江の頭を自分の腕の上に戻した。


「えっ、あの」

「うん、大丈夫だから」

「でも」

「俺がこうしたいの。だから、紗江は気にしない!」

「…はい」


 そうまで言われては反論もできない。紗江は力を抜き、頭を沈めた。

 そんな紗江を正樹はさらに抱きしめた。


「だめだ」

「えっ?」

「起きちゃった」

「ごめんなさい」

「いや、そうじゃなくて…」


 正樹は言いにくそうに口ごもると、「実は…」と言いながらさらに密着し、自身の下腹部を押し付けた。紗江の太股に熱を持った塊りが触れた。


「あっ…ごめんなさい…」


 紗江は赤くなり、消え入りそうな声で謝った。


「いや、まあ、紗江のせいじゃないんだけど…。いや、やっぱ、紗江の責任だな。うん。責任を持って償ってもらおうかな」


 意地悪な笑みを浮かべながら、正樹は紗江の顎を持ち上げ熱く長いキスをした。

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