27.

 それから30分後、車は海辺の近くに止まっていた。闇の中で周囲は見えなかったが、打ち寄せる波の音が海から近いことを知らせていた。


「ここは?」

「時々一人でふらっとドライブに来るんだ。穴場でね。人もあまり来ないし、ゆっくり海が眺められていいんだ。もしかして、こういうとこは好きじゃない?」


 正樹に尋ねられて、紗江はふるふると首を横に振った。その様子を見て、正樹は「よかった」と小さく口にした。


「えっと、おかかでしたよね」


 バスケットの中にきれいに並べられたおむすびの中から『おかか』と書かれたシールがラップに貼られているものを取り出し、正樹に手渡した。


「うわぁお、三角おむすびだ」


 渡されたおむすびを目の高さまで持ち上げ子供のように興奮している正樹がいた。


「あの…」

「あ、ごめん。キレイな三角だからさ。自分で作るとどうしても三角にはならないんだよ。何かコツでもあるの?」

「いえ、特には…」

「そうかなぁ。きっと紗江が気付いてないだけで、きっと何かあるはずなんだよ。ナンだろう…」


 そう言って真剣に考え込む正樹を見て、紗江は思わず吹き出してしまった。


「えっ、何?」

「だって、こんなことで」


 真剣に悩んでいるの可愛すぎる!と言いかけて、紗江は口をつぐんだ。いくらなんでも男性にそんな事を言うのは失礼だろう。だが、言うことを我慢したことによって、よけいに可笑しさが募り、笑い声となって溢れ出てしまった。


「ごめっ…」


 謝ろうとするのだが、そうすればするほど言葉が詰まってしまう。どうやらこの一件は紗江のツボにすっぽりはまってしまったようだった。


「さーえ!」


 正樹が嗜めるように名前を呼んだが、それでも紗江の笑いは収まる気配がなかった。

 そんな様子を見てあきらめたようにため息をついた正樹だったが、ふいに助手席へと身を乗り出し、いまだ笑い続ける紗江の顔を覗き込んだ。そして一瞬、意地悪そうな表情をしたかと思うと、紗江の口を塞ぐように自分の唇を重ねた。

 突然の出来事に、紗江は目を見開いたまま、正樹のキスを受けていた。そして、正樹に唇が離れたときには、先ほどまでの笑いなど微塵も残っていなかった。


「先にデザート頂いちゃった、かな」


 そう言ってにやりと笑った正樹は、何食わぬ顔で手の中のおむすびにかぶりついた。

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