26.
「どうかした?」
落ち着かなげに車内を見回す紗江に正樹が尋ねた。
「あの、この車は?」
「ああ。自分のだよ」
「えっ?じゃあ、一度家に帰ったんですか?」
「ははは、違うよ。今日は贅沢に車で出勤したんだ。そのほうが早く紗江に逢えるしね」
さらりといわれた言葉に紗江の頬が赤く染まった。
「降ってきちゃったか」
正樹の言葉に顔を上げると、フロントガラスに小さな水滴が幾つかついていた。それは集まると細い流れを作り、風の力によって斜めに道を作っていった。次第に増えていく道筋を紗江はじっと眺めていたが、ふとあることを思い出した。
「食事、しました?」
この間の話を思い出して紗江は問うてみた。
「ん?ん~、まぁ、ね」
歯切れの悪い返事に、紗江はピンときた。
「食べてないんですね」
「いや。そんなことはないよ。コンビニでサンドウィッチを買ってきて食べたよ。それと、紗江がくれたSOYJOYも」
サンドイッチを片手に仕事をしている風な正樹が浮かんだ。
「仕事しながら、ですか?」
紗江の想像が的を得ていたらしく、一瞬正樹は言葉をなくし息を呑んだ。
「うん。まぁ、そう、かな」
今までの感じからかなり忙しい人なんだということは紗江も感じている。ましてや、今日は紗江と逢う約束もしていた。無理をさせてしまったのだろう。悪いなという気持ちと、用意していてよかったという気持ちが交差した。そう、こんなこともあるのではと、紗江はあるものを用意していた。
紗江はバックと一緒に膝の上に乗っていた籐かごの入れ物を開けた。
「お腹減ってません?」
「ん?そうだね、多少は」
「よかったらおむすび食べませんか?作ってきたんです」
「え!?」
正樹は紗江の膝の上で開かれている籐かごの中をチラッと覗いた。
「あまり食べてないんじゃないかと思って、作ってきたんです。えーとですね。梅と昆布におかか、それに鮭。ほうじ茶もありますよ」
一気に喋る紗江に対して反応のない正樹に、紗江は自分がよけいなことをしてしまったのではないかと心配になってきた。
「あの、お腹が減っていないのなら、別に」
「あ、いや。そういうんじゃなくて。ごめん。かなり嬉しくて」
正樹は運転しているにもかかわらず、紗江のほうに笑顔を向け「ありがとう」と言った。そんな予想以上の反応に、紗江は頬が熱くなるのを感じた。
「ごめん。で、何があるんだっけ」
「あ、梅とおかかと昆布と」
「おかかがいいな」
正樹の要求そのままにおむすびを手渡そうとしたのだが、ふと正樹が運転中であることに気がついた。
「運転しながらですけど、大丈夫です?」
紗江の問いに少し考え込んでいた正樹だったが、何かを思いついたように「よし、あそこにしよう」と言って、進路を左に変更した。
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