22.

「あれ?紗江、昨日も同じの着てなかった?」


 帰りのロッカールームの中、偶然一緒になった咲子が気づかないで欲しいときに気づいてしまった。


「か、帰れなくなって」


 ビジネスホテルに泊まったの。

 そう言葉を続けようとしてやめた。『ホテル』という単語が昨夜のことをやけに生々しく思い出させてしまったからだった。


「えーっ!昨日、そんなに遅くまでやったの?」


 そんな紗江の様子に気づく風でもなく、咲子は遅くまで残業していたことに対して純粋に驚いていた。


「うん、なんだかキリが悪くて」

「あー、あるね、そういう時。だけど、女の子なんだからさぁ、気をつけなくっちゃ。お互いね」

「ん。そうだね」

「それはそうとさ、ねぇ、紗江」


 話を切り替えながら、不意に咲子が紗江の顔を覗き込んできた。


「な、何?」

「ん~、今日ずっと思ってたんだけど、紗江、少し顔が赤いよ」

「えっ!?」

「なんか、一日中上の空って感じだったし」


 それはそうだ。今朝、正樹と別れてからというもの、紗江のいたるところに正樹の残像が現れるのだ。それに気づいては、昨夜から今朝のことを思い出して赤くなり、仕事に集中しようと頭を振り払っては机の前のディスプレイを見つめ、再び現れた正樹の残像に悩まされる。そんな一日を過ごしていたのだ。


 そんなに顔が赤かったのだろうか、そんなに上の空だったのだろうか、と気を揉む紗江を裏切って、咲子は紗江の額に手を当てた。


「熱は、ないみたいだけど。昨日の疲れかもね」

「…うん」

「今日は早く返ったほうがいいよ。せっかく帰りが一緒になったからご飯でもと思ったんだけど」

「ごめんね」

「いいって。じゃ、お疲れ」

「お疲れ」


 咲子が部屋を出て行ってしまってロッカールームに一人になると、紗江は小さく息をついた。

 嘘をついてしまった。いや、嘘ではない。ただ、全てを話していないだけだ。

 咲子には話してもよかったのだが、どこまでをどう話せばいいのかもわからない。それに、今はまだ話す気になれない。もう少ししてから話そう、そう思いながら紗江もロッカールームを出た。もう少しがどのくらいなのか見当はつかなかったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る