おかえり、そしてさよなら

私が台所であかりちゃんに命を捧げようと自分と格闘していると、玄関の扉が開いた。

「ただいま。」

この声は。聞き慣れたこの声は、夫のものではないこの声は。

「お母さん、帰ってきたよ。」

「やっとお医者さんが帰宅の許可をくれたんだ。今回の傷のせいでもう二度と歩けないかもと言われてるけど一命を取り留めてくれた。あかりはとてもいい子だなあ。」

そういいながらリビングに入ってきた。確かにあの顔はあかりちゃんだ。じゃあ一体私の下にいるこのつぎはぎは一体何なのか。私はこれまで一体何をしてきたのか。あかりちゃんは死んでいなかったのだ。

あかりちゃんが生きていた。この事実にひどく安堵し、体の力が一気に抜けた。今まで私がバカバカしく思えた。その場に包丁を投げ出す。

「よかった、生きてた。」

ようやく思ったことが言葉になる。

「おい、どうした!」

包丁を落とした音が聞こえたらしい。夫があかりちゃんをソファに座らせてから駆け寄って来る。

夫の眼下には安堵から力の抜けた私と、つぎはぎの"あかりちゃん"がいた。

夫は私を抱き起こして言った。

「もう大丈夫だ。あかりは生きている。もう大丈夫。」

「お父さんとお母さん仲いいね、ひゅ-ひゅ-」

あかりちゃんがそうひやかす。どうやらソファから抱き起こされたのが見えたらしい。

「あかり、勘違いしちゃいけない。お父さんはお母さんとずっと仲がよかったんだぞ。これまでも、これからもな。」

そのあと夫は耳元で言った。

「これはあかりには見せないでおいてくれ。後で燃やして来る。」

「えっ?」

「これは君があかりを愛するあまり作り上げてしまった、いわば歪んだ愛の形だ。こういうものが夜中に動いたり髪が伸びたりするんだ、なんてね。」

夫はおどけて見せる。

「でも、こういうものは日本では昔から燃やしてきた。今回もそうしよう。」

「そう、わかった。」

こうして、私は"あかりちゃん"を燃やすことにした。

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