第4話

「キバの連中、やったのは中央公園だ」

 その日のバイトを終えてアジトに着くと、逆縞の声が聞こえてきた。足を早めて部屋に入ると、既にメンバーのほぼ全てが顔を揃えている。

「すまない、遅くなった」

 言いながら入ると、待っていたとばかりに逆縞が声をかけてきた。

「来たか。さっきメッセージを送った通りの状況だ。キバのやつ、ついに“角狩り”を始めやがった。被害に遭ったのは金峰かなみね工業のエリートらしい。折られた角がその場に転がっていたそうだ」

 いつになく険しい顔をした逆縞がいう。その言葉に、メンバーは一様に唸った。

 キバとは空と同じように、僕の演説がきっかけとなって知り合った。当時の僕は就活の失敗の記憶もまだ新しく、今よりも我武者羅に世の中への怒りを訴えていた。ややもすると記憶を無くすほどに力んだ街頭演説を毎日のように繰り返していたところへやってきたのがキバだ。

『折れ三角、あんたが言ってたことは真実だ。俺はその真実に従って行動したい』

 その言葉と共に、メンバーへの加入を希望した。

 あまり見られない二つの角を生やした男で、それらが短く鋭かったことからキバのあだ名がついた。例によって本名は知らないが、その大柄な体躯と低く響くドスの効いた声音、ぎらついた目つきはよく覚えている。彼は僕の暴走しがちな演説に惹かれたと言っていたが、比較的穏健派な逆縞の活動方針と事あるごとにぶつかり合い、ついには彼に似た性質を持つメンバーを引き連れて出て行ってしまっていた。それが半年前のことで、たびたび噂は聞いていたが、ここまでのことになったのは初めてだ。

「準備が整ったのかもしれない」

 逆縞は言う。その言葉で、ただでさえ重たい空気の密度がますます高まる。事情をよく知らない空はメンバーの顔を覗いては戸惑っている。

「準備って……?」

 意を決して空が尋ねると、少し表情を和らげながら逆縞が答える。

「俺達みたいな角曲がりはただでさえ嫌われ者だからな。俺は少しずつ世の中に現状を理解してもらって、なるべく偏見がなくなるようにしたかった。けどキバはもっと直接的で性急なやり方を好んだ。だからたびたび喧嘩もしたもんだけど、決して頭が悪いわけじゃなかったからな……むしろ知恵が回るやつだった。だからこんな動き方をしたってことは、何か勝算があるんじゃないか、ってな。ある程度以上の人数が集まったとか」

「じゃあ……」

「うん。今後も続くかもしれないし、何か大きな動きがあるかもしれない。けど俺達としちゃ、こんなやり方は見過ごせない。まずは情報を集めないとな」

 気持ちを切り替えるように、少し声を張って逆縞は言う。

 その言葉を受けて、赤鍵が口を開く。

「キバの方に、元々うちにいたやつで連絡が取れそうな人間はいないだろうか? そいつに、赤鍵が活動内容に興味を持ってると伝えてくれ。赤鍵と逆縞との関係が悪くなっていると言ってもいい。一度私がそいつに会って、一通り話を合わせるから、終わったら後を尾けてくれ。まずアジトの場所を知りたい。場所がわかったら、何人か交代で張って、日付や曜日ごとの出入りの状況を押さえよう。継続的にやるなら周期があるはずだ。顔ぶれや荷物の内容が変わっても危険信号だろう。逐次連携して、できれば——どこかのタイミングで、現場を押さえる」

「警察に任せた方がいいんじゃないか?」

 聞いていた青錐がいつものように口を挟む。

「最終的にはな。しかし彼らに異を唱える別の集団がいることは行動で示しておいた方がいい。口で批判するだけなら誰でもできるからな。我々は穏健派です、と言ったところでやっていることはビラ配りと街頭演説だ。関心のない者達には違いが見えないだろう」

 赤鍵の答えに頷きながら、逆縞は言う。

「ま、俺らは暴力はナシだ。警察に先を越されていたらそれまでだが、そうじゃないようなら通報するところまではやろう。ヤバそうなら大声を上げてもいいが、そこまでやったら一目散に逃げるぞ」

 強いて軽い口調で言いながら、逆縞は笑った。

「じゃ、行動開始ってことで」


 ——この時点で僕達は、相手のことを軽く見ていたと言って差し支えない。僕ら自身がキバのことを侮れない奴と評価していたのだから、もっと警戒してもよかったはずなのだ。例えば、僕らの中に既に、キバとつながっている人間がいる可能性——とか。

 果たして。

 罠にかけようとしていた赤鍵はその目論見を逆手にとられて袋叩きに遭い。

 空はアジトからの帰り道を襲われて——意識がまだ、戻っていない。

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