2章「竜薙華伝」その4

「何って、それはとても単純な話です。あの日、父さん達は僕を殺そうとしました。だから、僕は彼らを殺しました。それだけです」


 竜薙伝衛門の病室で、華伝はきっぱりと祖父の質問に答えた。伝衛門は一瞬眉をひそめたが「そうか」としか言わなかった。弓雅に至っては無反応だった。だが、孝太郎にとってはぎょっとする発言だった。こいついきなり何言っちゃってんの? 瘴鬼かと思ったら、殺人鬼? 親殺し? 動揺せずにはいられない。


「確かに、雷伝はお前に殺されてもしょうのない小者だった。だが、当時のことでひとつわからぬことがある。あの時、やつが持ち出した竜薙の風花だ。あれは使い手を選ぶ刀だった。そして、雷伝は使い手ではなかった。なのになぜ……」

「理由は二つあるでしょう。一つは、自分が竜薙家の当主であると誇示するため。もう一つは、僕を殺すためです」

「お前を? 自らが使いこなせない刀で、か?」

「例え武器として使えなくても、瘴鬼は殺せるでしょう。なにせ、相手はたかが十歳の子供です」


 華伝はあざけるように冷たく笑った。


「なるほど、な……」


 伝衛門は華伝の発言で何かを悟ったようだった。当然、孝太郎には話はさっぱり見えないのだが。


「あの、弓雅さん、竜薙の風花ってのはいったい……」

「知らねえのか。俺らの世界じゃかなり有名なブツだぞ」


 弓雅は舌打ちして、小声で孝太郎に解説した。ごにょごにょ。それによると、竜薙家に古来より伝わる、とてつもなく強い鬼殺しの力を秘めた刀だという。そして、それを使えるのは一部の限られた人間のみで、それ以外の者は鞘と柄を結ぶ「抗いの紐」の封印を解いてさやから抜くことはできないのだとか。さらに、それが可能な者は、代々竜薙家の者に現れ、多くが当主となっているのだという。ゆえに、竜薙の風花の使い手であることは、昔から当主としての資質の一つになっているのだそうだ。


「まあ、あくまで、当主としての資質の一つだ。必須条件じゃない」

「はあ……」


 めんどくさい家だなあと思ってしまう孝太郎だった。百瀬の家にはそんなめんどくさい伝説のアイテムがなくてよかったなあ、とも。


「さて、おじい様。そろそろ僕達の質問に答えていただきましょう」

「左紋のことか」


 伝衛門はふと何かに思いをはせるように窓の外を見た。そして、「そうだな、外の空気を吸いながら話そう」と言った。そこで、華伝達は伝衛門を車いすに乗せ、病室を出た。車いすを押すのは華伝だった。孝太郎の眼には、やはりなんとなく、孫に甘えたがっている老人に見えた。


「華伝、お前が家を出たのは十一年前か。その当時、左紋は八歳。お前にとっては、ただの幼い弟に過ぎなかったはずだ」


 やがて、病院の中庭に来たところで、伝衛門は話し始めた。よく晴れた日で、ツツジの生け垣に花が咲き乱れていた。


「はい。おじい様達が何やら対立しているのは気付いていましたが、僕達にはどうでもいいことでした。彼は当主の座のことよりも、庭のバッタを捕まえる方が大事だったはずです。僕の方がいつも大きな虫を捕まえていましたから」

「ふふ……そうだな。お前達は仲の良い兄弟だった」


 伝衛門は懐かしそうに目を細めた。


「だが、雷伝があの日『事故死』し、お前も『行方不明』になってから、左紋は変わってしまった。雷伝とお前が消えることにより、あれのもとに次期当主の座が転がり込んできたのだ。わずか八歳の幼子のもとにな。むろん、正式に当主となるのは成人してからのはずだった。だが、いったん次期当主として確定してしまうと、周りの見る目は変わるというものだ。ある者は先のことを考え、やつに取り入り、またある者は期待を込めて、やつを当主としてふさわしい人間に鍛え上げようとした。そのいずれもが、やつを増長させ、同時に重圧を与えた。あれは元々、当主の器ではなかったのというのに」

「ですが、血統は申し分ないはずです。僕なんかよりもずっとね」

「血統など、くだらんものだ。あれは雷伝の悪いところばかり受け継いでいた」


 伝衛門は憂鬱そうにため息をついた。


「次期当主として持ち上げられ、左紋の性根は次第に歪んで行った。臆病でありながらも、傲慢になり、剣術も学業もおよそ人並み以下にもかかわらず、努力を怠り、他人をことあるごとに見下すようになった。そして、同時に強い劣等感を抱いているようだった。家の中には、そんな左紋を見て、陰口をたたく者が絶えなかったからだ。中には、行方不明となったお前のほうが当主にふさわしかったのではと言う者もいた。左紋はそんな声をひどく気にしていたようだ。徐々に、お前のことを口にするようになった。自分は兄より優れているはずだ、と」

「おかしな話だ。僕はとうの昔にそこを去っていたのに」

「ある日、左紋はついに、みなの前でお前の秘密を、すなわち、お前が瘴鬼であることを暴露した。おそらく、雷伝から聞いていたのだろう。だが、誰も左紋の言葉を信じなかった。そして、そのことがきっかけで、あれはますます歪んでいった。何かにつけて、当主の証である竜薙の風花を自分に譲れと私に迫るようになった。自分こそが、それを持つのにふさわしいと信じていたようだ。むろん、私はあれに何度も、竜薙の風花はもう家にはない、遺失したものだと説明した。だが、左紋は信じなかった。あれは私が、自分ではなく兄を当主に推していたことを覚えていた。だから、私がどこかに隠していると考えていたようだ」


 伝衛門は再び重くため息をついた。また、めんどくさい家だなと、孝太郎は思わずにはいられなかった。それに、華伝がしれっと父親を殺してることといい、兄弟で次期当主の座を争ってた時期があったことといい、ドロドロしすぎだ。


「そして、一カ月前、左紋は初めて鬼の討伐に出かけた。本来、あれはまだ未熟で、鬼どころか瘴鬼ですらろくに倒せない程度の腕だったが、私が止めるのも聞かず、強引に数人の供を連れて行ってしまったのだ。鬼を見事討伐した暁には、今度こそ自分に竜薙の風花をよこせと、一方的に言い放ってな。だが、左紋は帰ってはこなかった。帰って来たのは供の者たちだけだった。あいつは鬼に食われたのだ」

「食われた、ですか。死んだ、ではなく?」


 弓雅が眼を鋭く光らせた。「そうだ。あいつは死んではいなかった」伝衛門はさらに言う。


「それから約二週間ほどして、竜薙の家に一人の男がやってきた。左紋だ。だが、その風貌は以前とはまるで変わっていた。髪はすっかり白くなり、頬はこけ、野生の獣のような血走った目をしていた。そして、やつは私と再会するや否や、今度こそ自分に竜薙の風花をよこせと言った。まさに、それへの執念だけで生きて戻って来たような気迫だった。もちろん、私の答えは変わらなかった。すると、やつは私の身の回りの世話をしている人間を捕まえ、それを人質に私を脅迫してきた。私はもはや、真実を語るしかなかった。そう、十一年前、雷伝がお前を殺すためにそれを持ち出したことを……。たちまち、左紋は激しく怒り狂い、逆上した。竜薙の風花の遺失にお前が関わっていたことが、許せなかったようだ」

「ってことは、まさかその後、左紋のやつは……」


 弓雅がはっとしたように言うと、伝衛門は「そうだ。竜薙の家に火を放ったのはあいつだ」と答えた。


「なるほど、兄貴への劣等感とか、刀への執着とか、色々こじらせて、ついカッとなって放火しちまったってわけか」


 孝太郎は一応その説明で納得した。が、華伝はそうでもなさそうだった。


「竜薙の家は大きい。人もたくさんいる。一人で全焼させるのはかなり大変なことですね」

「何が言いたい、華伝?」

「家を焼いた彼は、本当に、あなたがよく知っている竜薙左紋という人物だったのですか?」

「ああ、どんなに姿が変わろうとも、どんなに腐りきった性根であろうとも、あれは私のかわいい孫の一人だ。華伝、お前と同様にな」


 そうか、この爺さんは、左紋とかいう孫をかばってるんだな。鈍い孝太郎も、さすがにピンときた。だから、何かを隠しているんだろう。


「まあ、話は大体わかりましたよ、竜薙のじい様。情報提供、感謝します。後はこちらのほうでなんとかしますので」


 弓雅も空気を読んだようだった。話はこれで終わったような雰囲気だ。


 だが、車いすに手をかけたところで、華伝は祖父に尋ねた。


「おじい様、もう一つだけ、お伺いしてもよろしいですか」

「なんだ?」

「幼いころ、僕はずっと不思議に思っていました。おじい様はどうして僕が瘴鬼だと知りながら、当主に推していたのですか。僕は鬼とは戦えない。瘴鬼である以上、竜薙の風花の使い手にはなれない。それなのに、なぜ?」

「鬼の討伐に直接出向くことだけが、当主の仕事ではない。お前は、それ以外のことなら、人より秀でた才覚があった。何より、左紋は当主の器ではない。だから、私はお前を選んだ」

「……本当に、それだけなのですか?」


 華伝はやはり祖父の説明に納得していないようだったが、伝衛門は「そうだ」と言い切るだけだった。華伝は諦めたようにため息をつき、伝衛門の車いすを押し始めた。そして、四人はそのまま中庭を離れ、病院内に戻った。その途中、そういえば、竜薙の風花とやらは今どこにあるんだろうと、孝太郎はぼんやり思った。後で聞いてみるか。

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