第15話
その夜、シャッターを開けたのはおばあさんだった。腰が曲がりかけて白髪交じりの小太りのおばあさん。
「こんばんは」
「こんばんは」
おばあさんは私をじっと見ていた。
「お嬢さんは、何か悲しいことがあったのね」もう泣き止んでから4時間くらいはたっているはずだった。何度も顔を洗ったから、もう目は元に戻っているはずだ。
「うん。悲しいことがあった。けど、そんなことはいつもあるんだ。いつも」
「お嬢さんは、なんで家出をしたの?」そうおばあさんは聞いた。
「そういう決まりにしたの。夏休みになったら、家を出て、距離をとることにしたの。いつも一緒にいることだけがいいとは思えなかったの」
「じゃあ、あなたはいつでも帰れるのね?」
「帰ろうと思えばね」
「おばあさんはなんで家出をしたの?」
「新婚だったころにね、だんだんと気持ちが離れていることを感じたの。おじいさんとね。それで、一回出て行ってやろうと思って、それで出てきちゃった」おばあさんはおかしそうに笑った。
「それだけ?」
「それだけよ。ここにきて話をした人は本当に大変な思いをしている人がいっぱいいた。自分より小さい子も…。でも、そんなこと、ここに来る理由なんてそんなに考えなくたっていいでしょう?」
「でも、帰るためには、出てきた理由をどうにかしないと」
「出たいときにはいえから出て、帰りたいときには帰ればいいのよ」
「贅沢じゃない? それはちゃんと待っている人がいるからできることだよ」
「みんなそう言ったわ。あなたはもう、わかっているのね。でも、今ならちゃんと私にもわかるけどね…」おばあさんは悲しそうにそう言った。
「子供はいる?」
「ええ、一人。もうずいぶん大きくなって、社会人になったわ」
「おばさんは子供が距離を取ろうとすることをゆるしてくれる?」
「私は一度家出をした人間よ、何も心配はするけど、もちろん許すわ」
「子供に何を教えることができたと思う?」
「反面教師として、数えきれないものを教えることができたとおもっているわ」
「親の役目ってなんだとおもう?」
「私の場合は子供よりも先に恥をかくことだったと思う」
「なんでおばあさんは家に帰ることにしたの?」
「クラゲがいたのよ
死んで動かなくなって、どるんどるんの体を子供たちにつつかれていたの
それで、おじいさんと水族館でクラゲを見たときのことを思い出したの。クラゲって自由でしょ? うらやましいとは思わない?」
「少し、うらやましいかもしれない」
「うらやましかったんだけどね、それだけじゃなかったんだよ」
「それから何年も後のこと、子供ができて、一緒に図鑑を見てたの。
しってる? クラゲには脳みそがないのよ」
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