第37話妹とお兄ちゃんとブラック企業

「お兄ちゃん……大丈夫ですか?」


 妹が俺を心配してくる……理由は……現在進行形のデスマーチだろう。


 ここ数日、帰って即寝るだけの生活をしている。


「いや大丈夫だ、ちょっとめまいがして頭がクラクラしながら指先がしびれているだけだ」


 妹が悲しそうな顔で言う。

「お兄ちゃん、それもうヤバイやつじゃないですか……?」


 妹はそう言うが、俺がいないとプロジェクトが崩壊する、一人かけただけで崩壊するプロジェクトがもともとアカンというのはごもっともなのだが、それを愚痴ってもしょうがない。


 俺が終電で帰らないと皆が困る……だからしょうがない……


「お兄ちゃん! 私がお兄ちゃんを養います! 大丈夫! お兄ちゃんがいなくてもプロジェクトは回りますって!」


 なんとも情けない物はあるがおれの精神ももう限界だ……


「ああ、それに甘えたいんだが……やっぱり妹に養われるっていうのは……」


「お兄ちゃん知らないんですか、世界中の兄の80%は妹に養われたいって思ってるんですよ(私調べ)」


 あっれー? せかいの80%? じゃあ普通だな、うん。どこもおかしいことはない……ないよね?


「じゃあお兄ちゃん! 今日はもう寝てください!」


「ああ、悪い」


 この混乱した思考も一晩寝れば頭がさっぱりしてまともな思考ができるようになるだろう。

 そうして俺は部屋に直行してベッドに倒れ込む、意識はその瞬間に途切れた。


 ――ジリリ、カチャ


 うん……なんか鳴ったような?

 しかし意識は再び落ちていった。


「……ちゃん! お兄ちゃん!」


 目を開ける、窓から太陽の光が差し込んできている。

 それで妹が俺を起こしに来てカーテンを開けたことに気付く。


 ん? 時計はセットしたはず……


 枕元の目覚まし時計を見ると短針が10を指していた。


「やっっばああい!!!!! 遅刻だ!!!!」


「お兄ちゃん!」


 そこに妹の活が入る。


「なんだよ! ただでさえヤバいんだから話は……」

 俺が着替えながら話をすると妹はとんでもない爆弾を投下してきた。


「はいこれ」


 そういって俺のスマホを差し出してくる……LINEのプロジェクトメンバーのチャット画面だった。

 そこに最新のトークが残っていてそこには……

『一身上の都合で退職させていただきます』


 ああ、またメンバーが一人潰れたか……

 デスマーチではメンバーが潰れるのはよくあることだ、残念だがある程度の離脱は避けられない。


「よく見てください」

 え? その画面上に表示された退職届は……『右側に』表示されていた。


「ええ!! 俺の発言じゃないか!」


「お兄ちゃんが決心しないので私が退職代行しました」


「なにしてくれちゃってんのお前!」


「まあまあ、貯金もあるでしょう? 私に頼れとはいいませんから三日休んでみてください」


 そうして俺は職場から離脱したのだった……

 そうして三日……「何事もなかった」


「ほらね? お兄ちゃんがいなくてもちゃんと回っているでしょう?」


 残酷なことに当たり前の退職に引き留めもなければ俺の担当スコープの引き継ぎすら不要だった。


「じゃあお兄ちゃん……暫く私に養われてもらいますよデュふふふ……まあ悪いようにはしませんよ」

 そういって妹は邪悪な笑みを浮かべるのだった。


 ――その後妹に飼い慣らされることを俺はまだ知らない。

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