第28話妹は技術を無駄遣いするようです

「愛してるよ」


「へへへ……お兄ちゃん、私もですよ……」


 ここは妹の部屋、先の発言は兄のしたものではない。

 では誰か? 妹は音声合成エンジンを作ったのだ……こんな使用法のためだけに……

 ちなみにサンプルボイスは全て盗聴からえたものをディープラーニングで合成している。

 音源が盗聴なのでくぐもった声だがこの妹には満足のようだ。


 コンコン


 ノックが響く。


「ん……お兄ちゃん大好きです……」


 ところがこの妹さん全く気付いていない。


「入るぞ……何やってんだ?」


 妹が突然の乱入に驚いてビクッとする。


「ひゃう……お兄ちゃん! どこからいましたか?」


「どこからって……今入ってきたばかりだけど?」


 PCの画面はスクリーンロックがかかっている、一流の妹たるもの非常時にPCをロックするのは基本である。

 ちなみに音声はヘッドホンを使用していたので外部には漏れていない。


「ああ、ごめん。音楽聴いてたのか。たいした用事でもないし出てくな」


「いえいえ、別に後回しでいい用事なのでお兄ちゃんの用事を済ませましょう」


 そういって妹はこっそりボイスレコーダーのスイッチを入れる、このチャンスにクリアな音源をゲットしておこうという算段だ。


「それで、用事って何ですか?」


 兄は頭を押さえて言う。


「いや、ちょっと偏頭痛がな……確かアスピリン持ってたよな? あれロキソプロフェンより効くんだよ」


 すると妹は一大事と言った風に驚き、引き出しから大きめの錠剤の入ったシートを一つ分切り取り渡す。

 ペットボトルの紅茶も付けてくれた。


「これ、胃に来るんでほどほどにしておいてくださいね」


「ああ、悪いな……」


 妹がモジモジしている、どうしたんだろう?


「あ、あの、お兄ちゃん。 もしよかったら……ここで横になっていきませんか?」


 ただでさえでかくて飲みづらい錠剤なのに紅茶ごと気管に入るかと思った。


「いや……流石に悪いから……」


「いえいえ、頭が痛いときは横になった方がいいですし、お話しすれば気が紛れますよ?」


 そうだな、この頭痛が治まるまでの間くらい別にいいか。


 妹は正座をするとポンポンと足を叩く。


「ええっと、それはどういう」


「膝枕に決まってるじゃないですか?」


「流石に恥ずかしいし……」


「大丈夫、誰も見ちゃいませんよ!」

 断言されたので俺もついつい好意に甘えてしまう。


「ねえ……お兄ちゃん、覚えてますか?」


 妹が割と真剣そうな声で訊いてくる。


「昔もこんな事があったんですよ? 立場は逆でしたけど……」


「そうだっけ?」


 妹はやれやれと首を振る。


「私が熱を出したとき、薬を飲んで半泣きだったときにお兄ちゃんが膝枕して私が落ち着くまでお話ししてくれたんです、しっかり覚えてますよ」


 そう言われると覚えてない俺が悪かったような気がする。


「でもこれでやっと、あのときのお返しができましたね」


 そうしてしばらくしているうちに頭痛が治まっていった。

 俺は体を起こして礼を言う。


「ありがとな、もう大丈夫だ」


「そうですか……」


 どこか残念そうに妹は答える。


「またいつでも来てくださいね、今度はもっとお話ししましょう!」


「ああ、できれば頭痛は勘弁して欲しいがな……」


 偏頭痛はマジできつい、頭がズキズキするので頭痛薬が必須だ。

 今度薬局でアスピリン買っとくかな……


「お兄ちゃん、アスピリンがご入り用なら私のところへ来てくださいね? 薬局より私の方が先ですよ?」


「でもアレそこそこするだろ?」


「それでお兄ちゃんとお話ができるなら安いもんです!」


「そっか、ありがとう」


 そうして俺は自室へ帰った。


 ――

「よっしゃあああああ! お兄ちゃんの生声たくさんゲットしましたよ! 早速学習させないと!」


 その日の夜、音声合成エンジンは大きく進化したがそれが家庭の外に後悔されることはないのだった。

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