第7話妹と髪を切る
「お兄さん、髪、伸びましたね」
「ん? ああそうだな。そろそろ鬱陶しいし刈ってくるか」
俺の髪はぼちぼち目にかかりそうで確かに伸びすぎかもしれない。
いつもの千円カットにいこうと思い財布を取り出して家を出ようとする。
「お兄さん……私思うんですけど……きっと美容室で切ったら素敵だと思いますよ!」
「嘘だろ……」
俺は誰がどう見ても一般の見た目以上ではない、だというのに美容室は少々ハードルが高いんじゃないだろうか?
「いや……だってさ、美容師って職質してくるんだぜ? 千円カットなら切る髪を散らす、以上! 終了だぞ」
「世間話を職質と呼ぶのもどうかと思いますけど……美容室ってそんな怖いところじゃないですよ」
「いやだよ! だって『お仕事は?』とか『彼女さんは?』とか一部の層に致命的な言葉を発するんだぞ! 無言で終了の方がいいに決まってるじゃん!」
はぁ……と妹がため息をつく。
「お兄さん、よく聞いてください。お兄さんの恥は私の恥、お兄さんがかっこいいと私も誇らしいし、お兄さんがかっこ悪いって言われると私も傷つくんですよ?」
「う……」
同じ学校に通っている身としては家族の評判は自分の評判でもあると言うことだろう。
しかし、コミュ障に美容室のパリピは非常にハードルが高い、ラスボスにひのきの棒で挑むくらいキツい。
「ほら、私がちゃんとついて行きますから、ね!」
そう言われ俺は渋々駅前の美容室にやってきた。
ここの中はウェーイ系の人たちがいっぱいいるのだろうか? めっちゃ怖い。
「お兄さん……美容室への偏見が強すぎますよ……」
俺は意を決してドアを開ける、床屋独特のシェービングクリームの香りがしないので少々不思議だ。
「いらっしゃいませ! ああ、こちらが噂のお兄さんですか?」
「はい! 私の自慢のお兄さんです!」
美容師の人はぱっと見ではパリピ感は無い、しかし安心してはいけない、どこで陰キャへの危険球を投げるか分からない、圧倒的アウェーなのだ。
「こちらへどうぞ」
何故かシャンプーブースに来いと行っている、ん? シャンプーは髪を切った後にするんじゃないのか?
しかしコレが美容室の流儀なのだろうと納得をしてシャンプーを受ける、顔を上にしたままシャンプーされる経験がなかったので違和感が凄い。
ふぁっとシャンプーのいい香りが漂ってくる、いかにもシャンプーといった香りではなくやや花のような香りだ。
気分よくシャンプーが済むとカット用の席に座らされた、さあいよいよ職質タイムか?
「あなたが噂の『お兄さん』なんですねー」
「噂の?」
「妹さんがうちに来るたび『お兄さんは~』『お兄さんが~』って言ってるから一度会ってみたかったんですよー」
目の前の鏡を見ると、顔を耳まで真っ赤にした妹が見えた。
アレでも一応度胸と羞恥心は別で持っているらしい。
それとも本人を前に言われたからだろうか?
「どんな感じでいきましょうか?」
俺は髪型のことなんてさっぱり気にしたことがないので「お任せします」と思いっきり丸投げした。
この美容師さんは妹お勧めだけありそれだけで意図をくみ取ってくれたらしくカットが始まった。
意外とバッサリとカットされていく、慎重に切っていくのかと思っていたが意外と一気に切るタイプのようだ。
スパスパと髪の毛が切られていく、最終的には千円カットとそう変わらない量が切られた。
それでもどこかおしゃれ感が漂うのは流石美容師だろう。
そうしてもう一度シャンプーで髪を流されて席に戻ってドライヤーを当てられる。
「いやーお兄さんやっぱり想像通りの方ですねー」
なにやらそんなことを言われた。
「え? 想像通り?」
「妹さんが『私のことが大好きって言ってたんですよ! シスコンっていってましたけど今日のカット『お兄さんが希望を伝えるはずはないのでこう切ってください』っておっしゃられてたんですよ」
どうやら今回のことは全て妹の仕業らしかった。
そこまで分かってて美容室に行かせたのか……
「はい、コレでどうでしょう?」
美容師さんが二面鏡をもって後ろの方も見えるようにしてくれた、いいんじゃないかな?
「はい、ありがとうございます」
そうして席を立つと妹がやってきた。
「お兄さん! やっぱり私の想像通りですね! 最高です!」
「そ、そうか」
やや気圧されつつも一つ気がかりだったことに思い至る。
会計にいきいくらなのか聞く、いや本来ならカット前に聞いておくべきだったのだがこの異世界のような感じに圧倒されて聞くのを忘れていた。
「いえ、会計は妹さんからいただいています」
そう言われて妹の方を見ると『グッ』とサムズアップしていた。
結局今日の出来事は一から十まで妹の手のひらの上で始まり、そして終わった。
我が妹ながら手際には恐れ入る。
「なあ……ありがとな」
妹に正直な感謝を伝えるとぷいとそっぽを向いた。
「別に……お兄さんがかっこいいと私のポイントが上がるからですし……ていうか怒ってないんですか?」
「怒る? 何でだ?」
「だって……私のワガママに付き合ってもらったんですよ……?」
なんだ、そんなことか。
「いつものことだろ? じゃあ我が家へ帰りますかね」
「はいっ!」
妹はかけがえのないものを見る目で俺を眺めていてそれがなんだか気恥ずかしかった。
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