第5話妹と夏休み
「お兄ちゃん、眠そうですね?」
妹がそう聞いてくる、確かにそうではあるのだが……
「誰のせいだよ誰の……夏休みも終わりになってから宿題とか言い出すなよ……」
そう、我が妹――現在中学生――の夏休みの宿題を手伝っているところだ。
ちなみに今日は8月31日、もう余裕もクソもないデッドラインである。
「ごめんってば……頼みづらかったんだからしょうがないじゃないですか……」
「まずなんで頼むの前提なんだよ!? 自助努力はしようよ!?」
小学生だった頃に手伝ってやったのがクセになったのかすっかり依存体質になっている。
なんだかんだで手伝う俺も悪いのだろうが……『お願い』されちゃあなあ……
やれと言われるとやる気が失せるのだが、命令でなく頼み事だと途端に断りがたくなる。
本人のためにも自分でやらせるべきなんだろうがなんとこれでテストでは優等生なので単純作業の宿題くらいならいいかとも思っている。
「で、後何が残ってるんだ?」
「はい、英語の課題と読書感想文ですね」
「とりあえず英語からいくか……」
中学英語は得意である、なんせネトゲで海外勢とコミュニケーションを取っていた経験が役に立つ機会だからな……
「お兄ちゃんの英語ってなんか評判いいんですよね……何かコツが……」
「地道なレベリングとインスタンスダンジョンでの連携」とは言えないので適当にお茶を濁しておく。
「まあ地道にコミュニケーションを取ってりゃ上手くなるよ」
無難な答えを返しておく。
俺はネトゲとソーシャルコーディングで鍛えた英語でちゃちゃっと終わらせる。
幸い翻訳しろという部分くらいしか残っていなかったのでさっさと終わる。
「さて、後は……」
「読書感想文……ですね……」
そう、読書感想文である。
世の中にはラノベでこの課題を終わらせる猛者もいるらしいが妹の宿題なのでそうもいかない。
俺の読書感想文であればアニマルブックスを読んでその言語の思想について書いた事がある、もちろん評価はされなかった。
まあ評価が目的ではなくクソ高いオ○イリーの本を買ってもらう建前だったので構わないのだが……
「なあ……これコンクールとか狙ってる?」
俺は妹に聞く、重要なことだ。
評価を狙っているなら『教育的な』感想を書く必要があってとてもめんどい、宿題をパスする目的なら読んだ本から適当にでっち上げられる。
「いえ……特には……お兄ちゃんと宿題したかっただけ……なんでもないです! とにかく終わらせましょう!」
「んじゃ、アレでいくか」
俺は脳内の既読作品からできるだけ中学教師が読まないであろうものを考える。
一つの本が引っかかる。
『プログラミング言語C』俗に言うところのK&Rと呼ばれる本だ。
プログラミング教育が……などといっているが教師世代はフリーのコンパイラが無かった時代を生きてきた世代が多い、雑に書いてもどうせ検証などできない。
しかも助かることにタイトル通りCについて書いてあるのでCの言語仕様について知識があれば本文が多少曖昧でも片がつく。
俺はさっさとポインタと構造体についての考察を書いていく、Cで詰まる奴が大勢出でるセクションなので読んでいるかの検証がほぼされない。
適当に書かれた感想文にCがいかに素晴らしい言語化が書かれていく、Pythonくらいしかやってないと分からないことで原稿用紙を埋めていく。
幸い最近の大学ではPythonを教え、文系に至ってはPCすらなくてもいいらしい、旧世代の教師であればメインフレームを少しの理系が使っていただけだろうしどっちの世代にも対応できる感想文だ。
一丁上がり!
原稿用紙四枚を埋めて俺は微睡む、明日は始業式だというのに……早く寝ないと……
「んじゃ、俺は帰って寝るわ」
そう言って部屋を出ようとすると声がかかる。
「あの……お兄ちゃん……ここで寝ていいですよ?」
妹は正座をしている、そして自分の膝を指さしている……ええと……考えが脳内を巡ろうとしたところで意識が睡眠の力に引かれる。
「ああ……うん」
俺は疲労感と睡眠欲に負けその膝に寝転ぶ……ああ……実に気持ちいい……
「ん……お兄ちゃん……ありがとね……だいす……」
意識に闇の帳が落ちた後目が覚めると真っ白の部屋で寝たときの姿勢のままだった。
そして目の前には妹の顔が……ん? まさか一晩ここで寝てた!?
バッと飛び起きて時間を確認する、午前六時、時間的な余裕はある。
俺は妹の部屋を出て自室に戻り始業式の道具一式を鞄に詰めながら昨日のことを考える。
寝るときの意識がハッキリとしていないが……まさかアイツ一晩膝枕……嘘だろ……
妹の辛抱強さというか意志の強さに驚く。
「いやいや、一晩膝枕するより自分で課題済ませる方が楽じゃね……?」
そう思ったが時間は進んでいる、妹に声をかけて起こしてから俺は朝食を取って学校へいく。
「お兄ちゃん!」
「わ!? なんだよ?」
「いえ、私が起きたらいなかったんですけど……お兄ちゃん途中で帰っちゃいました……?」
いや……怖いんですけど……
「気付いたら朝だったよ……なあ、足しびれたりしてないのか?」
「ふっ、愛の力です」
訳の分かんないことを言う奴を後に家を出ようとする。
「お兄ちゃん! 一緒に行きましょう!」
「高校と中学逆方向じゃねえか! 家を出た途端お別れだぞ!」
「こういうのは『一緒に』出かけるのが大事なんですよ!」
もう意味が分からなかったが俺は新しい季節に思いを馳せながら玄関のドアを二人で開けた。
「「行ってきます」」
二人の声は重なって、その気持ちを言葉にはできないが、なんだか心が満たされる気分だった。
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