大回転寿司

 年末に帰省したときのことである。

 あの日、長年会っていなかった友人と久しぶりに会った。そのうち、最近近所にできた寿司屋の話になった。何やらとんでもない寿司屋らしく、友人は、知り合いを誘っても断られる、一人で行くのは何か怖いということで、中々行くことができなかったのだと語った。そこで私達は、近い内にその寿司屋に一緒に行く約束をした。


 当日見たその寿司屋は異様だった。


 寿司屋が回転している――、寿司屋の建物が回転しているのである。遊園地のコーヒーカップのように、ただし欠伸が出そうになるくらいゆっくりと、その建物は回っていた。友人と一緒に行く人がいなかったのも頷ける。


 中は普通の回転寿司屋――、ただし建物全体が結構揺れている。ガタガタとうるさい音がする。しかし常連客だろうか、既に中で一緒に食べている二人は、そのことを気にも留めていないように見える。


 皿の上で寿司が回転している――、それはジャイロ回転で投げられた野球ボールさながら、なかなかに激しい回転である。どういう技術かは不明だが、寿司は皿から数センチ宙に浮いており、具をまき散らすこともなく、静かに高速回転している。壁には「世界初、回転する寿司! これぞ大回転寿司! 特許出願中」という張り紙がある。とりあえず私達は寿司を食べることにした。


 私が食べたのは、卵焼き、マグロ、サーモンである。友人は、イクラ、大トロ、ツナマヨを食べた。手に取ると、寿司は回転をピタリと止めた。味はかなり良い。特にサーモンは、しっとり脂がのっていて、本当に口の中で溶けたかと思った。今まで食べた寿司の中でも上位に入る寿司だ。友人からも好評で、その調子で寿司をいくつかパクパクと食べた。


 ……酔った。この揺れる建物の中、生ものを食べるのはまずい。気を緩めると吐きそうになる。見ると、友人も青い顔をしている。

 全く、味は良いのにもったいない店だと友人が言った。無駄に物を回転させるから余計なコストがかかるだろうし、その上回転するメリットが何も無い。話題性はあるだろうがそんなものは最初だけだ。食べにくいし、酔うし、最悪だ。何故こんな店にしたんだ。残念だけどこの店はすぐに潰れるだろうと友人が散々に言った、そのときだった。


「この店は潰れないさ!」と怒鳴り声がした。見ると、先客の二名のうちの一人が、肩を震わせて立っていた。鋭い目でこちらを睨みつけている。


「この店は潰れないんだよ」男は嚙みしめるように言った。「お前らは何も知らないからそんなことが言えるんだ。教えてやるよ」


 男の話が始まった。私は吐きそうになるのを必死に堪えながら話を聞いた。早く店を出たかった。寿司屋の大将が、バツの悪そうな顔でこちらを見ていた。


「この店は大将が一から立ち上げた店だ」男は語った。「そしてその頃、大将には体操選手の親友がいた――」


 話によると、その体操選手の親友は、それほど体操が上手な訳ではなかったが、鉄棒の美しさだけは目を見張るものがあったという。


「だが、鉄棒の演技中に転落し、選手生命を脅かすほどの大怪我を負ってしまった――」


 ……本当に吐きそうだ。しかしその一方で、話に引き込まれている自分がいることに気付いた。友人も、青い顔をしながら話に聞き入っている。


「大将は何度もそいつの見舞いに行った。そいつの演技が大好きだったんだ。そしてそいつも、一生懸命リハビリに励んだ。だが、そいつの体はもうボロボロだった――」


(〜30分経過〜)


「――そいつは引退を決意した。そのとき大将にこんな話をしたんだ。『お前、回転寿司をやるんだってな。回せよ、寿司を。俺が鉄棒で回転できなかった分、思う存分寿司を回しちまえ』ってな。

 聞いて大将は決意した。これでもかと寿司を回転させることに決めた。それでこの店ができた。凄いことだ。この店には大将の思いが詰まっているんだ。だから簡単には潰れないんだよ」


 いつしか我々は感動していた。吐き気など気にならなかった。


 友人が男に言った。「しかし、店を立ち上げるお金がよく集まりましたね。こんな無茶な店、お金を出してくれるところなんか無いのでは――」


「私が出した」先客のもう一人が声を出した。


「あなたが!」男が叫ぶように言った。


 知らんかったんかいとは思わなかった。先客二人は無言のまま、がっちりと抱擁をかわした。

 美しい光景だった。友人は泣いていた。泣きながら吐いた。私も吐いた。吐きながら笑った。吐くと体が軽くなり、一層愉快な気持ちになった。ゲロの臭いなど気にならなかった。


「どうだ、凄いだろう? この店は」男が得意げに言った。


「最高です」私が言った。「そしてあなた達は最高の大馬鹿野郎達です」


「違いねえ」男は笑った。


 我々は固い握手を交わして別れた。二日後に店は潰れた。

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