ほら、ホラー


 修学旅行以来、友人が皆何だかよそよそしくなった。前よりも距離を感じるのだ。

 私は、気になることは遠慮なく言ってしまう性格だったから、このことを皆にはっきりと言った。一回ではなく、何度も言った。そんなことをしたら嫌われるとか考えない。繰り返し問い詰めていると、遂に皆が根負けして、携帯の録画データを私に見せた。


「修学旅行のときの旅館で、録画したの」と彼女達は言った。


 再生すると、私の寝顔が映っている。私は仰向けに寝ている。暗くはないから明け方に録画したのだろう。


「気持ちよさそうなA子の寝顔でーす」とビデオの中で言ったのはB子だろうか。静かな笑い声が聞こえた。「やっぱりやめたほうがいいんじゃない?」と誰かが言っている。


 なるほどね、と私は思った。彼女たちは私に何か下らない悪戯をしようとしたのだ。何かあった記憶は無いから、恐らく未遂に終わったのだろう。でも彼女達の中でこの事がしこりとなって、私と距離を置いていたのだ。まったくわざわざ早起きまでして何をやっているんだろうと思ったそのとき、映像内で異変が起きた。


 私が頭を横に向けた。頭だけ右に向いた。


 そしてそのまま――ゆっくりと私の首は回転し――三六〇度、私の首が一回転した――。


 映像の中で小さな悲鳴が聞こえ、カメラが大きくブレた――。



「何、これ」映像を見ながら私は言った。何が起きたのか分からない。心臓の鼓動が早くなる。「何なの、これ」


 はっとして、友人達の顔を見た。友人達が私を見ている。化物を見る目だ。


「こっちが聞きたいよ。あんた、一体何なの?」とC子が言った。そのままじっと私の言葉を待っている。私は混乱して何も言う事ができない。


 重い沈黙だった。そのまま二分は経っただろうか、突然B子が大声を出して沈黙を破った。


「いやいや、冗談だよ、冗談!」と、B子が大袈裟に笑った。


「冗談?」私は混乱しながら言った。


「冗談だよ! 最近A子、彼氏が出来たり、成績が良かったりで調子づいていたからさ、こんな映像を作って少しビックリさせてやろうと思ったの! で、実際に映像を作ってみたらこれが思いの外気持ち悪くて、やり過ぎたと思ってさ、反省してたの。何かごめんね?」


「冗談……。そっか……」力が抜けてしまった。安心したと同時に、ひどく不快な気持ちになった。「やり過ぎだよ……」


「ごめん! 今度何か奢るから、許してね。じゃあそろそろ授業だし、行こうか」とD子が言った。


 次の授業のチャイムが鳴りそうだ。皆が教室に戻っていく。私も遅れて付いていく。私は不快な感情を引きずったまま、ふと、あんなに精密な映像を作れる子が身近にいただろうかと思った。



 誰もいなくなった放課後の、教室の隅で、少女達が話をしている。


「A子の反応、どう思った?」


「どうって言われても……。本当に困惑しているようにしか見えなかったけど……」


「やっぱり映像を見せたのはまずかったんじゃない?」


「そうかも……、さっきはB子、フォローありがとね」


「うん」B子は頷いた。


 あの映像は、本物だった。編集などしなかった。


 あの日、彼女達はA子に意地悪をしようとした。頭も顔も良く、最近彼氏もできたA子に対し、皆嫉妬していたのだ。だから少し意地悪をしたくなった。

 コップに水を汲み、A子の布団を濡らす。目覚めたA子が布団を見て、自分が寝小便してしまったのだと勘違いをする。そんな悪戯にする予定だった。ただそれだとあまりにもA子が可哀そうなので、悪戯をした証拠の映像を残し、後でドッキリの種明かしをする。反対する子もいたが、あの日、悪戯は実行に移された。そして――。


 A子の首が、三六〇度回転した。


「A子、あいつ何者なんだろう。私怖くって、護身用にスパナを持ってきちゃった」


「あんたA子を殺す気? あんたが怖いよ。A子は小学校のころから一緒の友達でしょ?」


「それにA子は何もしていない。首が回ったからって……」


「でも、首を一回転させられる人間なんていない。そんなの化物じゃん……」


 重い沈黙が流れる。話すたび、堂々巡りに陥る。


「とにかく、今まで通り過ごそう。A子が何かしてきたら、そのときは……」皆が頷く。


 もう時間も遅い。家に帰ろうとして彼女達が振り向いた、そのとき、彼女達ははじめて気付いたのだ。



 彼女達のすぐ後ろで、無表情のA子が彼女達を見つめていた。

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読んでも何も残らない(短編集) 丁字路 @Teijiro

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