ドリーム

 話は現代から数百年前まで遡る。当時、世界中で星座占いが流行した。それこそ、爆発的と言っていい程の大流行であった。

 勿論、それが友人同士の口コミや、星座占いの本がベストセラーになったから、などという単純な理由によって発生したものだとは考えにくい。なにせ、世界中で大流行しているのだ。血液型占いのような、とある一国だけに限定されたものとは規模が違う。

 答えを言ってしまうと、世界各国の政府がそうなるように促したのであった。マスメディアに、星座占いが流行しているなどという報道をさせれば、それなりの成果は出るものだ。星座占いに興味が無い者は時代遅れだ、などという風潮を、まず作り上げたのである。

 これが星座占い大流行の基盤となる。

 ここで疑問に思われた方もいるだろう。何故そんな事をする必要があったのか、と。それは、この時代に発生した画期的な科学革命によるものであった。

 この時代発生した科学革命。一つは人工生命体の創造に成功した事、そしてもう一つは、人類に不老不死をもたらす完全細胞の発見であった。人々はこの時代、ついに不老不死を手に入れたのである。

 完全細胞によって不老不死のマウスが作られると、その研究成果は世界中でいよいよ大絶賛される事となった。完全細胞により人々は、食事をとらなくても永遠に生きてゆけ、病に苦しめられる事も老いる心配も無い完全な世界、という夢を、現実のものにする事が可能になったのである。人々は神々の世界にも匹敵する「理想郷」の創世を確信する事となる。

 ここで人々は悩んだ。今はまだ否定的な意見もあるが、不老不死の人間が一人でも誕生すれば、「理想郷」は確実に現実化するだろう。人々の夢は達成されるに違いない。

 だが、犯罪を止めることが可能かと言われれば、それは不可能であった。いくら完全細胞とはいえ、肉体が消滅する程の残虐な殺害には耐え得る力が無い。

「理想郷」が現実になれば、人々は子供を作る能力をいずれ失ってしまうであろう。不必要だからだ。すると、凶悪殺人によって人類は減少していく一方、などと言う事態も起こり得るかもしれない。

「理想郷」の創世には、完全なる平和が絶対条件であった。

 そこで人々は、科学革命によって生まれた人工生命体を利用する事に決めたのだった。星座占い流行は、ここで激化する事となる。

 星座占い流行の狙いは、性格をある程度画一化する事にあった。占いで該当した性格がさも自分の本当の性格であるかのように錯覚する事、これを、バーナム効果という。これにより、全ての人間がある程度決まった個性を持つように仕向ける。

 画一化された性格は、非常に扱いやすくなる。この時代の技術を用いれば、加工する事も思いのままだ。そして、人々の一番強力な個性を、人工生命体の体内に移植する。そうする事で、人々から「本気」というものを奪い取るのである。人々が「本気」を出すためには、個性を宿した人工生命体に助けを求めなければならない。

 人々は、これで平和な世界が可能になるかもしれないと考えたのである。お分かりの通り、非常に大雑把なシステムだ。不老不死の人類誕生が催促される中、ほとんど即席で決定したものであった。

「星座占いに適応する性格を持つ者だけが、不老不死になる権利を得る」などという報道が流れると、元々加熱していた星座占い流行が大爆発を起こした。そんな中、ついに不老不死の人間が誕生したのである。「本気」を宿した人工生命体と共に。




 そして現代。当時の人々が望んでいた「理想郷」は、現実のものとなっていた。その世界は一言で表すと、怠惰。食事をとらなくても生きていけるという現実が、人類を衰退に導いたのである。

 貨幣も無い。不必要だからだ。何をせずとも生きていけるというのに、何を作る必要があるというのか。数百年前存在したものは、次々に形を失ってゆき、それに伴って、人間同士の繋がりも徐々に断ち切られていった。繋がりを保とうにも、話題が無いのである。

 だが、「完全に」断ち切られたかと言えば、そこには語弊がある。ここで、人工生命体について少し説明をしておこう。

 現代では、彼らはモンガと呼ばれていた。不老不死となった人間の力を抑制するために存在しているのだから、当然彼らも不老不死である。知能は高く、人間の言語をほぼ完璧に理解可能、又、ある程度思考する事も可能であった。加えて、動物達とも会話が出来る。だが、その他の能力に関して言えば、全くの非力だと言っていい。

 特筆すべきは、彼らの体内に人々の「本気」が宿っている事と、それらを体内で加工出来る事だろう。人々の「本気」は彼らの体内で炎や水に加工される。加工されて生まれるものは、宿した個性によって概ね決まっていた。獅子座的性格を宿している者は炎、魚座的性格を宿している者は氷、といった具合だ。

 ただし、モンガ自身がその加工物を利用する事は出来ない。使用する際は、他の生物という媒体を通さなければならない。他の生物というのが、多くの場合、人間であった。人間が、モンガによって加工された炎や水を使用するのである。

 当時即席で決められたシステムであったが、これが面白い役割を果たしていた。する事が無くなってしまった人類にとって、戦闘は唯一のコミュニケーション手段であった。ボールの生産が途絶えてしまった以上、これが人々にとっての唯一のスポーツなのである。

 加工物の使用限度は、モンガが決定する。当然ながら、モンガに信頼されている程強い力を発揮できる。故に、強者は常に人格者であった。いかにモンガとの信頼関係を築くか。モンガは体内に人間の一部を宿しているので、人間が何を考えているかは手に取るように分かる。つまり、本当に心の清い者や私欲のない人間でなければ、モンガは心を開かない。その力を貸さないのである。

 武器となる道具の生産が途絶えた現代、驚異となり得る加工物はこのシステムと人格者によって制御されていた。これにより、人類は新たなスポーツによって時間潰しが出来る上、人格者も増える。その結果、「理想郷」の完全なる平和は実現される事となる。

 そのはずだった。

 このシステムの欠陥は、モンガが自我のある「生物」であった事だろう。システムの都合上、私欲で強くなりたいと望む人間は絶対に強くなる事が出来ない。当然彼らは苛立つ。モンガに八つ当たりをする。そして、人間に憎しみを持った野良のモンガが生まれる。

 野良モンガはかなり早い段階から見られた。これから永遠に人間を憎んでゆく存在である。人格者に運よく拾われたモンガもいたが、複数のモンガと生活するのは難しく、そのため野良モンガが減少する事はなかった。人々の関心が及ばない所で、野良モンガは徐々にその数を増やしてゆく。

 モンガの体内にはエネルギーが宿っている。野良モンガの場合、それを開放させるための媒体として選んだのが、野生動物であった。

 相手が人間の場合、モンガは下手に回る場合が多かったが、野生動物が相手の場合は違った。彼らは不老不死でないため、生きる為に必死だったのだ。そこを利用した。動物に対して、彼らの狩りの手助けをする代わりに、将来、互いに協力して人間と戦う、という契約を結んだ野良モンガが出現したのである。

 こういう存在が一匹でも現れると、それに対抗する為、他の動物も野良モンガと契約せざるを得なくなる。さもないと、炎や氷などの加工物を使用する天敵に、一方的に殺される事になるからだ。

 この流れの中、エネルギーに触れた動物の中には、飛躍的な知性の伸びを観測した動物が、大量に出現したという。そもそもモンガのエネルギーとは、元々知性ある人間のものだった。これが、動物達の知能に影響を与えたと考えれば、納得出来なくもない。

 人間を倒す為になら、彼らは全てのエネルギーを開放するだろう。それに、動物達も賢く侮れない。今、戦いが始まろうとしている。

 この戦いに敗れた時、人類は滅びる。




 そんな夢を見た。満天の星空の下で。


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