失敗作

―1―


 私の名前は太郎、物語製作を得意とし、それを仕事にしている。しかし仕事はうまくいっておらず、作品は次々と没になる。私は、創作に対するやりがいと多少の焦りの中、次こそは成功させようと意気込んでいる。そんな日々を過ごしていた。

 今回、「愛」をテーマとした物語を作るよう言われた。そこに、「一般大衆向けである事」「独創的である事」という二つの条件が加えられた。私にとって、愛に関する物語を作るのは初めての事である。私は一層やる気になった。

 すぐに作業に取り掛かった。

 登場人物は、とりあえず主人公を太郎、ヒロインを太子とする。名前は後で直せるから、今はこれでいいだろう。それ以外の登場人物はその都度考える事にして、次に導入部分を決める。

 物語の導入部分はすぐに決まった。遅刻寸前の太子が、登校中の太郎とぶつかる。実は太郎は太子の学校の転校生で(以下略)。新しくは無いが、王道であり、安定感がある。これを、主人公である太郎目線で描く。

 さて、この作品は一般大衆向けという事である。恋愛物はその最たる物語であろうが、私が恋愛をよく知らない為に、恋愛一本で物語を書ききる自信は無かった。他に何かアイデアが欲しい。

 とりあえず続きを。太郎と太子は徐々に惹かれあうが、そこに邪魔が入る。学校一のイケメンが、太子に告白するのだ。太子はこれを拒否するが、イケメンはしつこく太子に付きまとう。太子は太郎に助けを求める。太郎はこのイケメンに立ち向かう――。

 待て。何故この人物は学校一のイケメン足り得るのか?

 ここで考えた。愛に関わるあらゆる事柄を、数値で表現する事は出来ないか。それなら扱いやすいし、独創的でもある。

 試してみよう。このイケメンが学校一なのは、イケメンの度合を示すイケメン度(単位:イケメン)が、校内で一番高いからである。イケメン度は、スキル、つまり外見、性格、強さ、話術、頭脳を総合的に見た数値である。ある一定の人々には、これらの大きさをオーラとして捉える能力がある。当然ながら、イケメン度の高いほうがよくもてる。

 これは良い。これなら話を膨らませられそうだ。このイケメンが性格の良い奴とは思えないから、多分外見や話術の数値がずば抜けて高いのだろう。彼のイケメン度を百イケメンとするなら、それに立ち向かう太郎は五十イケメン位か。太郎は所謂、どこにでもいる普通の学生というのが良いだろう。

 主人公は努力しなければならない。そうでなければ面白くない。スキルの中で特に向上の余地がありそうなのは強さだから、太郎はイケメン度を上げる為に、強くなる為の努力をするのだ。で、強くなった太郎は敵であるイケメンを次々にぶん殴ってゆく。

 このシステムなら敵キャラも作りやすい。外見はイマイチだが話術の能力が高い者、整形で圧倒的な外見を身に付けた者、高い頭脳を持つイケメン等だ。最大の敵は、全てのスキルが測定不能な程高い、女はおろか男をも魅了する世界一のイケメンである。

 敵の目的は、美しきヒロイン、太子を我が物にする事である。太郎はそれを阻止する為に戦い続ける。ここで一つ問題がある。

 美しいとはいえ、何故太子がこうも特別に狙われ続けるのか。

 実は引っかかっている事が一つあった。即席で決めたヒロインの名前である。太子。タコ、蛸。このヒロイン、実は蛸だったという事にしようか。情報を後出しする事で読者に意外性を与える叙述トリックである。イケメン達が太子を狙うのは、蛸のくせに人間をも魅了する謎の美しさ、その正体を知りたいが故である。敵は彼女を魅惑し手に入れようとする。ピンチの時、最後にそれを阻むのは、太郎と太子の二人の絆、二人の愛の力であった。

 完成だ。人間と蛸の恋愛劇、何と言う独創的な物語であろう。

 ここまで、今回の製作に要した時間はわずか三秒である。早い。私がコンピュータだからこそ為せる業であった。



―2―


 男が二人、パソコンを覗き込んでいる。二人共、何やら物凄い顔をしていた。


「これは酷いですね」男が言うと、


「ああ、これは無いな」もう一人もこれに同意した。


 彼らは物語製作ソフト、「物語太郎(仮)」を試しているところだった。太郎は物語を大量に作る事が目的のソフトではあったが、作られた物語は全て、完成度が著しく低かった。意味不明なものや日本語にすらなっていないものが、その大半を占めていたのだ。

 二人は改良を重ね、もうこれ以上の改良のしようが無いというところまで太郎の完成度を高めた。そうして出来た太郎に、「愛」をテーマにした物語を作るよう指示したところ、酷い作品が完成してしまったのである。


「やはり、コンピュータにこういう事は向いていないのですかね」


「俺達の力不足もあるだろう」そう言って、男は笑った。「人間のやるべき仕事はまだ沢山ある、なんて事かもしれないけどな」


「前向きですねえ」もう一人の男も笑った。


 物語はすぐに削除された。しかし、今回作った物語が何故削除されたのか、太郎にはどうしても理解する事が出来なかった。


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