第15話 怪物狂騒 2 ~いきたい~

 吹き飛ばされ壁に激突する。

 激痛が遅れて全身にやってくる。


 痛い、そう感じるとともに右手の動きがおかしい。


 動かない、どうして、視界がぼやけるなか、自分の右手を確認する。


 右手はあらぬ方向に曲がっていた。


 腹からこみ上げるような吐き気が襲い、そのまま地面に向かって吐き出す。


 その時自分が血と屍の海にいることに気づいた。


 あるものは頭や四肢を引きちぎられ、腹の中身すべてをかき出されている死体もあった。


 ゴブリンは頭のない死体に向かって必死に腰を振っている。

 リザードマンは哀れな得物たちを生きながら串刺しにしている。

 ミノタウロスとスケルトンが獲物を取り合い、結局半分に引き裂かれた。


 急いで近くの死体の山に隠れる。


 50人以上いたのに生きているのはほんの10人くらいしかいなかった。


 ふとコロシアムの中央にある何かのオブジェのようなものに目が奪われた。


 それはアシネットの頭を串刺しにし、四肢はもがれ胴体に腕があったところに脚を、脚があったところに腕を突き刺し作成されていた。


 急激に力が抜けていくのを感じる。


 私はアリアを助けることもできず、死体の山に怯えて縮こまっている。


 死にたくない、死にたくない、そんなことばかり考え、息を殺して隠れている。


 恐怖と情けなさで涙が止めどなく出てくる。


 不意に血の海の水面に小さな波紋が出現する。

 連続で出現し、だんだん波紋が大きくなっていく。


 同時に獰猛な息遣いが聞こえてくる。


 化け物が歩いている、すぐ近くで。

 獲物を探すよう匂いを嗅いでいるのがわかる。

 私は息を殺し、震えを必死に噛み殺す。


 突然すぐ近くの死体が持っていかれ、ぐちゃぐちゃと食べる音が聞こえる。


 早く、早くと必死に祈りながら息を噛み殺す。


 どれだけ経ったのだろうか、化け物は食事に満足したのかのそりのそりと去っていくのが聞こえる。


 ほっと溜息をついたとき、水面を大きく割る音が私のすぐ横で鳴った。


 化け物が振り返る気配がする。


 何が起こったのかと、辺りを探す。


 別の死体の山から生存者が見えた。

 その顔は恐怖と罪悪感で歪んでいた。


 ああ、なるほど、私を売ったのかと憤るわけでもなく妙に納得してしまった。


 化け物が猛烈に近づいてくるのがわかる。

 恐らくもうばれている。


 私は立ち上がり、必死に走る。


 化け物は咆哮をあげ追いかけてくる。


 振り返って確かめてみると化け物の正体はリザードマンであった。


 リザードマンは有難いことにその巨体にふさわしいほど鈍重であった。


 リザードマンだけであったら逃げきることができる。


 もう私と私を囮にした子以外は生きていないだろう。


 私は捕まらないように逃げ回る。


 すぐ目の前からミノタウロスが迫り、振り降ろした斧が私の行く先を遮る。

 それによって尻餅をついてしまう。


 リザードマンがその隙に追いつき私に向かって飛び込んでくる。リザードマンの、その真っ赤で鋭い歯がびっしりと並ぶ大きな口が開くのがいやに遅く、まどろっこしく感じた。


 私を飲み込むその瞬間、リザードマンの頭に斧が叩き込まれる。


 獲物を横取りされると思ったミノタウロスに助けられた。


 そのまま両者は獲物をとるために殺しあった。


 その結果をただ黙って見届けようとは思わない。


 走り出し、何とか窮地を脱するが左足に鋭く固い何かがぶつかる衝撃を感じた。


「ああ!」


 苦痛で悲鳴をあげ、転倒する。

 地面に倒れ込みながらも確認してみると左足は大きく腫れあがり、痛みで動かすことが出来ない。


 きゃっきゃっきゃっと少し離れたところにいるゴブリン達は無邪気そうに笑う。


 ゴブリン達は布のようなものを頭の上でぐるぐる回している。


 あれに当たったのか、恐らく石か何かが入っているのだろう。


 ゴブリンはそれを私に向かって放つ。

 避けることが出来ないので私は背中で受ける。

 痛みの衝撃が全身に走り思わず叫ぶ。


 その様子にゴブリンは腹を抱えて笑う。


 ゴブリンはすぐには攻撃せず、何かをごそごそと持ち出している。


 それは人間の頭だった。

 それも私を囮にした彼女の頭であった。


 ゴブリン達は見せつけるかのようにその頭の髪を掴み振り回していた。


 結局彼女は見つかったのか。


 ゴブリン達は私に止めを刺そうとしたがなぜか慌て始める。

 その様子と地面から伝わる振動から何の化け物が自分に近づいているのか何となくわかる。


 それはやはりミノタウロスであった。


 ゴブリン達は威嚇するがミノタウロスは何とも思っていない。


 ミノタウロスの顔が目前まで迫る。


 その表情はようやく獲物が手に入る歓喜の笑顔で歪んでいた。

 ミノタウロスは斧を振り上げる。


 もうどうでもいい、早くアリアの元へ行かせてほしい。


 そして助けられなかったことを謝らせてほしい。

 私は目を閉じた。


「この…化け物どもが! やめろ!!」


 誰かの叫び声が聞こえる。

 それと同時に凄まじい音とともに暖かい液体と物体が私の全身にかかる。


 ゆっくりと目を開ける。

 これは夢だろうか、真っ二つにされたミノタウロスの死体がある。


 痛みでもうろうとする意識を叩き起こし、振り返ると誰かが化け物と戦っているのが見えた。


 あれは確か…私たちが殺そうとした咎人であった。

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