第13話 美しいものだけ見せて

 私たちは薄暗い通路をただ、ただ、ひたすらに進む。


 みんな無言で足取りは重かった。


 私の顔が暗くなっているのが分かるのかアリアは大丈夫と微笑んでくれた。


 本当にどれだけ助けられているだろうか、そしてどれだけ私は今までアリアを助けることができただろうか。

 微笑むアリアを見て目の辺りがほんのり熱くなる。


 前の集団の動きが不意に止まった。


 それにつられ全体の動きが止まる。


 先のほうを見ると鉄格子のようなものがあり、行き先をふさいでいた。

 いやまだその時ではないから開いていないだけか。

 不安からざわめきが溢れるそのとき唐突に鉄格子がゆっくりと上がっていく。


 恐怖からかざわめきが起こり、それは半ば叫び声のような様相となる。


 私とアリアはお互い確かめ合うように見る。


 集団は先へと進み始めそれに流されるように私たちも進む。


 進んだ先はやはり死体処理で見慣れたコロシアムだった。


 壁には松明がかけられているが全体を照らすには十分ではなくほのかに薄暗く見え辛かった。壁はよじ登るには高すぎて、手をかけることができる凹みもなかった。


 上の階には観客が一人もいない観客席がコロシアムの周りを囲むように造られている。


 鉄格子の閉まる音とともに、パンっと乾いた音が鳴り響き、私たちと反対側の観客席にひと際明るい光が照らされる。


 その光に照らされている人物にみんな目を奪われる。


 腰まで届く艶やかな長い黒髪

 ほりの深い整った顔

 目はパッチリと大きく

 その瞳は憂いを秘め、唇は紅く血色が良くふっくらとしていた。

 顔は幼さが幾分残っておりそれが美しさとあどけなさをうまく共存させている

 透き通る白い肌、豊満な胸、それと対照的な細い腰が妖艶さを際立たせる

 白を基調としたローブを纏い肩にかけた半透明なショールがまた情欲を掻きたてる。


 周囲の暗闇と対比されより一つ一つのパーツが更に際立つ。


 恐怖を忘れ、思わずごくりと生つばを飲む音が聞こえる。


 恐らくあの人物こそが美の女神・アフロディーテで間違いない。


「ああ、なんて…きれいな人。あの黒髪、すごく艶があって羨ましい」


 私がうっとりと呟いたとき、アリアは訝しげな顔を向ける。


「黒髪? 金髪じゃないの?」

「えっ! 黒髪だよ! 見間違えるわけない」

「…私には短い金髪のスレンダーな女性よ…見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいの結構派手な服装よね」


 それを聞き、私とアリアで見ているものが違うということがわかった。

 ますます困惑してしまう。


 ほかのみんなもお互いの認識に齟齬があって困惑しているようだ。


 不意に、ふふっといたずらっぽく笑う声が聞こえてくる。


「見えているものがみんな違って、戸惑っている? 私は美の女神。この世の誰よりも美しくなければならない存在。見ている者が最も美しいと思える姿を見せることができる。人が思う美しさは人それぞれ醜さと違って美に普遍的価値はないわ。…とても残念なことに」


 アフロディーテは残念そうにため息をつく。

 その一つ一つの細かい所作すら洗練されており見とれてしまう。


「私が今日ここに来たのは、あなたたちの勇姿を見届けるため。存分に私を楽しませてね。できれば、素晴らしい悲鳴が聞きたいわ」


 アフロディーテは無邪気な笑顔を見せる。


 思わず背筋が凍ってしまった。


 アフロディーテは、私たちがどのように弄ばれ、壊され、殺されるのかをただ楽しみに見に来ただけということがわかってしまう。


 アフロディーテはパンパンと手を叩く。

 あの醜い怪鳥が闇からぬっと顔を出す。


「それでは! 今から! 罰を! 執行する! 罪人どもは! アフロディーテ様を! 存分に楽しませるのだ! それが! お前たちの! 義務だ! 」


 不快な金切り声が最悪を告げる。

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