第11話 二人は姉妹だった

 赤くほのかに光る松明により何とか視界を確保している。


 その程度の明るさしかないトンネルのような通路で、私たちはその時が来るのを待っていた。


 嗚咽とすすり泣く音がそこら中から聞こえる。


 過去にもモンスターフレンジーは三度行われた。


 一度目は、天気が悪かったから。


 二度目は、用意されたお召し物が好みの色ではなかったから。


 三度目は、生理が厳しかったから。


 結局は、どれも女神・アフロディーテの機嫌を損ねたためだ。


 実際目の当たりにしたことはないが、その哀れな生贄たちの後始末で悲惨で凄惨な末路であることは猿でもわかる。


 かつて人であった肉塊を手に取った時、嘔吐がとまらなかった。


 絶望に沈むみんなを横目に、私はアリアを探す。

 この暗さでもアリアの燃えるような赤毛は松明より輝いて見えた。


 すぐにアリアのそばに駆け寄る。


 アリアの顔は見るからに青白かった。

 アリアでもこのような顔をするのだなと思ってしまった。


 私が近づいてきたのが分かったのだろう、アリアは先ほどの顔色を隠すように気丈に笑顔を見せる


「マリア、ひどい顔ね」

「アリアもひどい顔…そんな顔もできるんだね」

「私を何だと思っているの! …私も怖がるときは怖がるんだからね」


 アリアが口をとがらせる。すぐに二人はクスクスと笑った。


「まだ笑えるんだね」

「うん、びっくり」

「もうそろそろ始まるのかな?」

「ええ、そうかも」

「アリアすごいね。あの化け物に対して堂々と…私は小さくなっているしかできなかった」

「ううん。むしろごめん。私が出しゃばったせいで早まっちゃった」


 アリアが項垂れる。

 こんなに気弱になっている彼女は珍しかった。


 いやこれが正しい反応か。

 

 私は物心つく前に実の親にほんの少しの食料と二束三文のお金と引き換えにこの『アクレシアポリス』へと売り飛ばされた。


 それからは神に仕える修道女という名目で過酷な労働条件で働いていた。


 アリアも同じような境遇で偶然同じ時期に二人は売り飛ばされた。


 一日ノルマを達成するのに必死で生きていくだけでも大変であった。


 それなのに私は容量が悪くよく失敗してしまいお仕置きを受けていたが、アリアは持ち前の気の強さでそんな私を庇ってくれた。


 二人は年齢や境遇、名前など多くの点で似ているところがあったためよく二人一緒に働いていた。


 苦労を分かち合うことで、自然と姉妹のように仲良くなった。


 もちろんアリアが姉で私が妹であるのは間違いようがない。

 しかしよくよく考えてみると苦労が多かったのは私のせいでもあったかもしれない。


 アリアは弱気など見せたことはなかった。


 しかしそのアリアが弱さを隠そうともしていないことに私は待ち受ける運命の過酷さを実感する。


 だからこそ私は先ほどのアリアの言葉を否定する。


「ううん、そんなことない! アリアが化け物に言い返したときすごくかっこいいと思った! 流石アリアだって! 罰が早まったのは決してアリアのせいじゃない…女神は最初から許す気はなかったよ!」

「…ありがとう。まさかマリアに励まされるとは。本当にありがとう」


 私とアリアは見つめ合う。


 彼女のいつもと変わらぬ強い意志を宿す瞳が戻ってきた。

 数は少ないが私もアリアの力になれるということがわかった。


 それがとてもうれしかった。


「時間! 時間! 先に! 進め! 先に進め! できる限り! 神を! 楽しませること! これ重要! お前たち! の! 命! 神を楽しませるためにある! ゆめゆめ忘れるな! 先に進め!」


 あの醜悪な怪鳥の金切り声がどこからともなく聞こえてきた。

 あの声だけはいつまでたっても不快感が消えない。


「ほんと、あのバカ鳥、最低最悪。ムードの欠片もない」


 アリアが笑って毒を吐く。


「無理無理、あんな金切り声じゃあ、女の子を誘えないよ」


 私も便乗して毒を吐く。


 私たちはよく小さいころ就寝時間に、布団に隠れて日々の激務のうっ憤を朝まで吐き出していたあの頃を思い出すよう笑い合った。


 バカ笑いしている私たちを気がふれたと周りの人たちは見ている。


 そうかもしれない。


 しかしアリアがいるから、やっぱり私は気がふれてはいない。

 アリアも私がいるから笑っている…と思う。


 私たちはずっと一緒だった。


 私はアリアの手を握る。


 アリアは微笑み、しかと握り返す。


 死ぬときも一緒でありたいと願う。

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