第10話 美人局の裏側で

 アシネットが息も絶え絶えに駆け込んできた。

 いつも几帳面に緑色の髪をひとつにまとめているがそれもボロボロに振り乱れている。


 みんなはそれがどういうことか瞬時に理解した。

 みんなの表情が恐怖と絶望に染まる。


「どうして!? どうして逃げてきたの!?」


 誰かが悲鳴交じりに叫ぶ。


 叫ぶ気持ちは分かる。

 彼女が言わなかったら私が叫んでいたかもしれない。


 アシネットは何も言わず肩を震わせていた。


 彼女は私たちの中でも武の才能に秀でた者たちの一人であった。

 その強さは私たちがよくわかっている。


 大の男数人相手でも一瞬で倒してしまうほどの彼女が恐怖に支配され、震えながら座り込んでいる。


 私はアシネットに歩み寄り、背中をさする。


 アシネットはごめんなさい、ごめんなさいと何度も何度も呟いていた。


 他のみんなはその様子を見て無言でうなだれていた。


 突然、窓が勢い良く割れる。


 何かが、いや確実に不吉な何かが侵入してきた。


 不吉はテーブルの上にあった物を好き放題に蹴散らし、静かになった。


 それはカラスに似た姿をしており、身体のサイズは翼を広げていない状態で2メートくらい、頭は毛が一本もない老人のようにしわくちゃな顔をしており鳥と人間を取り敢えずくっつけときましたと言ったような醜悪な姿をしていた。


「神の御言葉を申す! アシネットの不名誉極まりない逃亡! に! 神は大変! ご立腹! ご立腹! ご立腹!」


 言葉の一文字、一文字の音のボリューム・高さがおかしい。


 聞いていて気持ちが悪くなってくる。


 他のみんなも顔が歪んでいる者、耳を塞いでいる者もいる。


 しかしそんな私たちなど意にも介さず、醜悪な怪鳥は叫び続ける。


「よって! 聖歌第4団体は! 連帯! 責任で! 罰を下される! 罰はモンスターフレンジー(怪物狂宴)!  この決定は! 神の御意思に沿って行われる! 異議も! 反対も! 受け付けぬ! ただ! 歓喜と名誉に! 打ちひしがれながら! その時を待て!」


 最悪だ、最悪の結果になってしまった。


 私はアシネットの背中をさすっている手が震えていることに気付いた。


 みんな呆然としていたがしかし、ただ一人を除いては打ちひしがれていなかった。


「待ってください!」


 凛とした声が部屋に響く。


 燃えるような赤色の髪、しかと醜悪な鳥を見据えるその瞳は意志の強さを表している。

 顔は堀が深くそれもまた意志の強さをさらに表している。

 両手は腰に当て背筋をしっかり伸ばした姿は堂に入っている。


 その人はアリア。


 アリアは一歩も引かずにまた凛とした声で言い放つ。


「これはアシネットの落ち度です! 私たちは咎人を指定された部屋まで指示通り連れていくことができました。その後の咎人の殺害は実行班の責任です。アシネットはその責任を放棄しました。これは連帯責任になるのでしょうか!?」


 アリアは努めて冷静に述べた。


 アリアはみんなを助けるため敢えて言い辛いことを言ってくれているのが私にははっきりとわかる。


 アリアの勇敢さと凛々しさと比較し、私は自分の臆病さと偽善さに嫌気がさした。


 アシネットの背中をさすったのも自分は一方的な悪者になりたくなかったためだ。


 今までただ震えていただけのアシネットが急に息を吹き返したように勢いよく起き上がる。


「その通りです! 私が臆病で、死ぬ勇気がなかったから逃げたのです! 他のみんなに非はありません! 罰するなら私をお願いします」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔をさらしながらアシネットはそこまで一息に吐きだし、頭を地面にめり込むくらいの勢いで懇願する。


 怪鳥はしばらく虚ろな目で宙を見つめながら首を左右に振り続けていたが急に凄まじい大声量で金切り声を上げる。


 あまりの不協和音にみんなは地面に伏せ、耳をふさぐ。


 怪鳥はピタリと叫ぶのをやめた。


「神の御言葉を申す! 何たる美しき仲間意識! 高貴かな自己犠牲! 神はうれしい! 神は悲しい! このようなものたちを! 失うことになることを!」


 アリアとアシネットの顔がみるみる土色に変わっていく。みんなの顔はさらに青ざめていく。


「神の御言葉を申す! 罰は変わらない! 決行は今宵! 月が! 空の一番高いところに至った時! 聖歌第4団体全員! に! 罰は執行される! 以上!」


 怪鳥はそう言い終えると翼を広げ、ご丁寧に再び窓を突き破っていった。


 アリアは腰が抜けるようにへたり込む。


「終わった」


 誰かが言ったその言葉だけが、いつまでも私の耳の中に残った。

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