第6話 美人局に気を付けて 1

「こ、これは…!!」


 巨大な円テーブルの上には豪華な料理がところ狭しと並んでいた。


 分厚いまだ海の香りが漂う新鮮な海鮮

 香ばしい匂いを纏う肉汁たっぷりのステーキ

 重厚感たっぷりの骨付きリブ


 さらに食事が奥から次々と出てくる。


 最近は道端の雑草ばかりで、もう随分長い事まともなものを食べていない。

 あまりの香ばしさに思わず生つばを飲み込む。


 彼女たちに導かれあっさり金色の城に入り、数十人は簡単に入れそうな大きな部屋に案内された。


 天井にはシャンデリアが並びろうそくは色とりどりに艶めかしく燃えている。

 そしてこの部屋に充満しているとても甘ったるい匂い。


 雰囲気を作るためであろうかと考えたが、それにしては甘ったるすぎるように感じる。


 まあどうでもいいか、それよりも大事なことがある。


 飢えた獰猛の目で料理を見つめていると、その様子を見てクスクスと笑う声が聞こえてくる。


「咎人様、よだれが垂れています」

「咎人様、がっつきすぎます」

「咎人様、犬みたいでかわいい」


 また好き放題言われているような気がする。


 それに声音が先ほどとは違い甘く囁くように思える。


 が、そんなことはどうでもいい。もう我慢はできない。


 例えこれに猛毒が仕込まれていてもわが生涯に一片の悔いなし。

 …いやそれで死んだらめっちゃ悔いるけど。


 ためらっていると隣にいた一人がサクランボを手に取り、見せつけるようにゆっくりねぶるように口の中に含む。


 彼女はにっこりと微笑む。


 すごくムズムズするような感覚を追い出すように手当たり次第に胃袋の中へと放り込んでいく。


 テーブルマナーがあったなら即失格、出禁であろうそのあまりの食べっぷりに彼女たちはドン引くよりもむしろ驚嘆して目を輝かせていた。


「咎人様、すごい…」

「咎人様、いい食べっぷりです…」


 一通りお腹が満足するまで食べ続けた。


 安心したことに猛毒は仕込んでいないらしい。


 食べたものはすべて血肉になるのを身体で理解した。

 …そして料理が無くなる心配はなさそうだ。


 さっきから食べている最中、新しい料理が次々にテーブルに出されていく。




 ふーとお腹をさする。


 久しぶりにまとも以上の料理を食べたことに対し、涙をにじませながらしばしの満足感に浸っていたら


「咎人様…」


 黒髪のショートの女性がおもむろに僕の口元をハンカチで拭う。


 そのため右肩に手を触れ、ぐっと身体を寄せる。


 張りのある何か柔らかいものが肩に感じる。


 彼女のふっくらと血色の良い唇に視線が釘付けになってしまう。


 先ほどまでの雰囲気とは打って変わって妖しい雰囲気が部屋中に漂い、ドキマギする。


 僕の反応が面白いのか彼女はクスっと間近で笑う。


「咎人様。さっきからお口元いっぱい汚くして、咎人様は子供のように無邪気ですね。そういうところ…素敵だと、私は思いますよ」


 彼女は妖しく笑う。


 恥ずかしくて顔が真っ赤になる。


 いつのまにかあんなにたくさんいた修道女たちは少なくなっていた。


 やにわに僕の左隣に青色のロングヘヤーの女性が座り左肩に顎を乗せてくる。

 女性特有のどこか甘い匂いが漂ってくる。


 緊張でさらに固まる。


 黒髪の女性は僕の耳元で甘く小さく囁いた。


「満足しましたか? お身体汚れているので…今からお風呂…入りませんか?」


 甘い吐息で背中がむずかゆくなってくる。


 青色の髪の女性も僕の耳元で囁く。


「長旅でお疲れでしょう? ゆっくりと…暖かい…湯船につかりませんか? お身体を丁寧に…洗いますよ?」


 部屋中に香る甘ったるい匂い、その香りを嗅ぐたび思考が鈍くなってくる。


 不意に背中から手が伸び、僕を優しく包む。


 別の女性がその身体を密着させている。柔らかでぬくもりのあるその感触が背中から伝わる。


「とっても…気持ちいいですよ。何もかも忘れて…何も考えられないくらいに…」


 後ろから甘い囁きが聞こえる。


 頭が空っぽになってくる。ただ、甘ったるい匂いが僕を包んでいく。


 身体がふらふらと空中に浮いているような感覚に襲われる。


 クスクスと彼女たちは笑う。その笑い声はどんどん遠く重なっていく。


 彼女たちの顔が歪んでいき、渦を巻いていく。


 そう言えば前にもこんなことあったな…いつだったっけ? 


 とても大事なことのような気がして、でも考えるのは気怠くて…もういっそ考えるのはやめようかなと底なし沼に沈む感覚に身を任せ始めた。


 彼女たちは手慣れた感じで僕の衣服を剥いでいく。


 その時腰のあたりにチクッとした痛みを感じた。

 その瞬間、今までの鈍さから考えられないほど、僕のすべての神経に一気に電流が走りフルスロットで回転していく。


 密着している彼女たちを無理やり引きはがし、懐に忍ばせていた短剣を手に取る。


 そして思いっきり振り上げ、僕の左手に突き刺す。


 激痛が左手から脊髄を通り大脳に激しく乱暴に入り込んでくる。


 彼女たちは呆然としたがそれも一瞬、さっきまでの蠱惑的な表情はどこへ行ったのか、鬼のような形相でテーブルの下から武器を取り出す。


 僕は短剣を左手から引き抜き逆手に構える。

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