第5話 歓迎は華美がお好き?
「…ようやく着いた」
『死に戻りの樹海』を抜け、『マールの街道』を通り、小高い丘の上で僕は一息つく。
「あれが『アクレシアポリス』」
底がまったく見えない深い堀に周りは囲まれ、さらに背の高い純白の城壁が『アクレシアポリス』を囲んでいる。街並みは色鮮やかで荘厳な建物が立ち並び、中心には日の光に照らされ黄金に輝く巨大な城が見える。
アフロディーテは美を司る女神、その支配を受ける都市も見た目だけは華美なものとなるのかと反吐が出そうになる。
行ける道がないかと見渡してみると、一本だけ頼りないボロボロのつり橋を見つけた。
奮い立たせた気持ちが萎えそうになるのをグッと堪えた。
不安だ、とても不安だ。
一歩踏むごとに軋み、揺れる。
このつり橋は想像以上にボロボロでいつ千切れてもおかしくはなかった。
そんな自分の心中を見透かすように鈍い音とともに板を踏み抜いてしまう。
踏み抜かれた板はそのまま底の見えない真っ暗闇に吸い込まれていった。
落下した音は今も聞こえない。
背筋は凍り、冷汗が一気に噴き出す。
一刻も早く抜け出したい気持ちを必死に抑え、ゆっくりと慎重に足を引き抜く。
手抜きにも程があるぜと舌打ちを打つ。
そんな災難を受けながら無事に渡りきる。
正門と思しきところには金色の2羽の獰猛な鷹の像が、我こそは侵入者を食い殺すというようにお互い睨みあっている。
しばらく待っていたが開くような雰囲気はなかった。
壁をよじ登れるような凹凸はなく、かといって内部に入れるような隙間も穴もない。
さてどうしようかと思案していたら、腹に響くほどの轟音とともにゆっくりと正門が開いていく。
さて、どのような歓迎が待っているのだろうかと油断なく背中の大剣を引き抜き構える。
完全に開ききると目の前の光景に僕は危うく大剣を落としてしまいそうになった。
「「「ようこそ!!!咎人様!!!」」」
修道服を着た、たくさんの見目麗しい美しい女性たちがにこやかな笑顔で僕を迎える。
僕は一時頭の中が真っ白になった。
これは想定していない。
一体何が起こっている。
僕は夢を見ているのだろうか。
理解が追いついていない僕を尻目に女性たちは逃がさないように一瞬で取り囲む。
「お口ポッカーンって、大丈夫?」
「長旅だったでしょうー? お荷物お持ちいたしますよ?」
「くつろいでくださいねー」
「今回の咎人様、かわいいー」
「うん! 子供っぽくてかわいいー」
散々好き放題言われている間にあれよあれよと荷物と身の丈ほどの大剣を取り上げられてしまった。
「あっ! 勝手に…持っていくのは…やめて…ほしいです」
こんなにたくさんの女性、それもかなりの美人たちと接することは今までの人生でなかったためしどろもどろになっている。
我ながら恥ずかしい。
「えっ! そんな!! 咎人様に荷物を持たせるわけにはいきません!」
「おどおどしててさらにかわいいー」
「小動物っぽくていいよね」
また好き放題言われている。
多分抵抗しても意味はないだろう。
扱い慣れた大剣をとられたのは手痛いが、用心のため懐には短剣を忍ばせていたため幸いこれだけはとられていない。
彼女たちは無遠慮に僕の手を取り引っ張っていく。
「これから咎人様をいっぱい歓迎しますね!」
「すっごく楽しいところだよ!」
「今までの旅の疲れなんてあっという間に忘れてしまうくらい骨抜きになっちゃうよ!」
きゃっきゃっと笑いながら僕を引っ張っていく。
骨抜きになるくらいの楽しさって何ですかと若干浮つく気持ちを抑え彼女たちを用心深く観察する。
彼女たちはとても楽しそうな笑顔を見せるがどことなくその笑い方に嘘くささを感じてしまった。
彼女たちは僕を連れていくことに必死さも感じさせた。
それはまるで失敗してはいけない、命がかかっているような必死さを滲ませていた。
しかしそれはよほど注意して彼女たちを見ていないと気づかないほどの違和感程度のものだった。
…気付いたのは、僕はそういう笑顔を見たことがあるからだ。
嫌な記憶に頭が持っていかれる前に目の前の状況へと意識を無理やり連れ戻す。
罠であることは間違いないため警戒はしておくべきだろう。
短剣の存在は決して彼女たちに知られてはいけない。
彼女たちにもみくちゃにされながら、懐の短剣に気づかれぬようそれとなく巧みに引きはがしながら、彼女たちにされるがままついていく。
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