第3話

 僕らは昔、同棲していた頃のように二人でキッチンに立った。きれいなガスコンロ、白いまな板、包丁。僕は週に一度は部屋の中を掃除していたので、キッチンは同棲していた頃と変わっていない。僕は同棲していた頃、彼女と過ごしているのが割と楽しくて、掃除をこまめにしていた。そのころの習慣が今でも残っている。

「何を作ろうか」

 彼女は冷蔵庫を開ける。中には豚肉、梅干し、納豆、しょうゆ、みりん、牛乳などいろいろ上の段に入っている。

 彼女は下の段も開けた。玉ねぎ、にんじん、じゃがいもなど野菜が入っていた。僕は作れそうな料理を考える。

「カレーはどう?」

「いいわね。カレー」

 僕は野菜を取り出して、皮をむいた。その間に彼女は僕の隣で豚肉を炒めていた。僕は野菜を切りながら、昔のことを思い出す。結婚して子供を作る話もしていた。彼女は元気で明るくて内向的な僕と気があった。隣で今料理をしている彼女はあの頃と何も変わっていない。ただ時だけが過ぎて、僕はより深く内向的になっていった。

「切った野菜入れるわよ」

 彼女は肉と野菜を手早く炒めて、水を注いだ。

「君は昔と何も変わっていないね」

 僕は彼女を見つめていた。

「あなたは少し年を取ったかもね。私が死んで四年経ったんでしょ」

「ちょうど今日で四年だ」

 鍋の中はぐつぐつと煮えている。

「あなたがこの四年間、何をしてたか知りたいな」

「何もしていないよ。恋人は作らなかったし、毎日仕事に行って休日は洗濯と部屋の掃除をしていた。あっという間に四年経った」

「寂しかった? 私がいなくて」

「そりゃあ寂しいと思ったこともあったよ。ただ君の死で僕の何かが終わってしまったんだ」

「また始めればいいじゃない」

 彼女はカレーのルウを鍋に溶かした。おいしそうな匂いが立ち込める。僕はこの四年間何をしてきたのだろうと思う。時間も肉体もすべてをすり減らすように生きてきたのだ。その間に心の中の重い気持ちや寂しさは自分の中で分析され、いつの間にか日常となり、時間だけがそれを薄めていった。僕はこの四年で彼女と過ごした大部分の記憶を失いつつあったのだ。

 カレーが出来上がると僕らはテーブルの椅子に向き合って座った。彼女はスプーンでカレーを口に運ぶ。

「おいしい」

 彼女は嬉しそうだ。

「君は何も変わっていないね。能天気で元気でさ」

「私、死ぬ前にあなたのことを考えていたのよ。それで私がいなくなったらあなたは大丈夫かなってちょっと心配してたの。ほら。あなたってちょっと頼りないところあるじゃない」

「まぁ、そういう面もあるかもしれない」

「私ね。ここで死ぬのは惜しいなっていつも考えていたの。私たちすごく気が合うからね」

 僕らはテーブルを挟んでしゃべり続けた。その間にふと彼女が死んだことを忘れていた。あの楽しかった日常が戻ってきたのだと僕は錯覚した。そしてふと我に返ったときに彼女が死んだ事実を思い出すのだった。そして彼女はまたあの時のように僕の前から姿を消すのだろう。


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