第3話③ 傷ついてほしくない人
左頬が火傷しているかのように熱い。視界が点滅し、ハンディカメラから覗くファインダーみたいにぐらぐら揺れる。意識が一瞬飛んだ気さえする。
どんだけフルスイングしやがったんだ。怒りのパワー込めすぎだろ。
「悠君!? 大丈夫!?」
俺が涙目で頬を押さえていると、桐生が心配そうに駆け寄ってきた。
しかし、当の下手人に反省した様子はなく。
「……っ! このバカ柏崎っ! なんで……なんでそんな奴らかばうんだよっ!?」
その瞬間、俺もキレた。
……堪忍袋の緒が。
「バカはおまえだっ!!」
周りの注目を浴びることも忘れてシャウトしていた。
真岡がびくりと肩を震わせる。怯えたような彼女の瞳を見るのは初めてだった。
……でも、止まらない。
「こんなイベントの真っ最中に暴力騒ぎなんか起こしてみろ! 今までのおまえの努力、全部パーになっちまうんだぞっ!!」
そこでようやく、真岡はハッと我に返ったらしく目を見開いた。……マジでまったく意識になかったのか。
「……悪い、大声出して。でも、あれだけ頑張ってつかんだチャンスを自分からフイにする必要はないだろ……?」
「……柏崎」
俺はこれ以上、真岡には何も言わずに振り返る。
一人はロザライン役の女子生徒、そして途中から割り込んできたもう一人の女子は、確かキュピレット家の夫人役だった。
「……あんたたち」
「な、なんですか?」
「……さっきの、取り消してくれ」
「……何をよ」
「エリスは……あんたたちの言うような子じゃない。優しいし、気だって遣えるし、日本での人付き合いの方法だって理解してないわけじゃない。……ここに溶け込もうと必死に努力してるんだよ」
こんな、あんたたちみたいな奴らがいるこんなところでも。
いつだって、エリスは何一つ文句は言わないで。
「でも……あの子のおかげで、この劇がめちゃくちゃになりそうなのは事実なんだよ!? あたしたちだって、年に1回の文化祭、ちゃんと頑張ってきたのに……!」
「こんな雰囲気じゃ、いい劇なんて絶対ムリです……」
「……それこそ、エリスを責めるのはお門違いだ。告白した木戸が悪いとまでは言わないけど、それを受けるのも断るのも彼女の勝手だろうが」
「ですけど……!」
ロザライン役の女子が反論しようとしたところで、キュピレット家の夫人役の女子のほうが矛先を俺に変えてきた。
「……だいたい、部外者のくせにしていきなりしゃしゃり出てきて、あんた誰よ? そんな必死にかばって。何、あんたもあの子に惚れてるわけ?」
「……俺は」
その先を言う前に、その女子は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「木戸君でもバッサリフラれるんだから、あんたみたいなどこのクラスかもわかんないような陰キャがカッコつけてみたって相手にしてもらえないに決まってんじゃん。ロミオとジュリエットですら貴族同士なんだよ? 平民以下とお姫様なんて無理無理。それこそ身の程知れば?」
……まるで、ロミオとジュリエットの仲を引き裂こうとする役のままのように。
……まあ、こいつの言う通り俺はロミオになんて絶対になれないけど。
「てめえら、ホントいい加減に……!」
「真岡さんっ!! ダメだって!!」
「葵ちゃん! カッシー! ストップ! あなたたち……これ以上言うなら、あたしも許さないよ!」
またしても我を忘れて飛びかかろうとする真岡を、桐生が必死になって羽交い締めにしていた。西條先輩も止めに入る。
「やめろ……」
……やめろ、やめてくれ。
俺のことなんて何と評価されようが構わない。身分の差なんて言われなくてもとっくにわかってる。報われないことも知っている。
でも、そんなことはどうだっていいんだ。
ただ、これ以上、こんな不毛で醜い争いを続けていたら、彼女を傷つけてしまったら――――――――。
「みんな、もうやめてっ!!!」
幾度となく俺の耳を震わせたその声が、悲しい調べをもって控室内に響き渡る。
俺は振り返った。
「エリス……」
彼女が、笑えなくなってしまう――――――――。
×××
「もうみんな、やめて……!」
振り返った先で、ジュリエットのドレスをその身に纏ったエリスは涙を浮かべながら、叫ぶ。
「ごめん、ごめんね、みんな……。わたしの……わたしのせいで……」
「は、はあ!? 何言ってんだ、エリスが悪いわけないだろ!」
「そうよ! エリス、自分を責めないで!」
俺の背後で、折り重なった彼女の親友たちが、精一杯の気持ちをもって彼女の自傷を否定する。
「そうだエリス、落ちつ―――――」
「でもね……」
エリスは頬を濡らしたまま、自分に向けて言葉の刃を振るったはずの二人の女子生徒を見据え、言った。
「お願いだから、悠斗を傷つけるのはやめて……!」
「え……」
「わたし、これ以上悠斗が傷つくの、見たくない……!」
エリスが現実から目を背けるように駆け出す。俺たちのすぐ横を風のように通り過ぎる。
「お、おいエリス……! 待っ……!」
だが、俺の伸ばした手は届かない。彼女の背が遠くなる。
エリスは控室を飛び出していた。
「悠君! エリスをっ!!」
「さっさと追え! バカッ!!」
「あ、ああ……! 悪い……!」
桐生と真岡の喝に、正気に戻る。
俺は彼女の後を追って走り出した。
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