第2話③ 桐生美夏と真岡葵

 真岡の自らの趣味……もとい、自らの職業を聞いた美夏さんは。


「なるほどね。ずっと真剣にPCに向かってるから、そういうことをやってるんだろうなとは思ってたけど、まさかプロデビュー目前とは。さすがにちょっと驚いた」


 と、さして驚いてなさそうに言う。


「それで、悠斗はずっと真岡ちゃんをサポートしてきたと。それこそエリスと出会う前から」

「……その後半の台詞入ります?」


 俺がおそるおそる入れたツッコミにも、美夏さんはまったく反応しない。


「別にサポートなんて大げさなことはしてません。俺はただ真岡の書いた物語に好き勝手感想をコメントしてただけで」


 それこそ、真岡と小説の件をちゃんと話すようになったのはエリスが来てからだ。


「でも、それも真岡ちゃんにとっての大きなモチベーションの一つだったわけでしょ? この冴えない男の感想がさ」

「……知らない」


 真岡はぷいっと顔を横に向けてしまった。いや冴えないのにモチベって矛盾してるだろ。


「美夏さん、わかってるとは思いますけど、この事は……」

「ああ、言わない言わない。大事な上客のプライバシーだ。絶対守るよ」

「上客というには、いつもたいしてカネを払わず粘ってますけどね」

「……柏崎、うるさい」


 真岡が頬を朱色にしたまま俺を睨みつけてくる。


「一応確認しておくけど、千秋はもちろん、エリスも知らないってことでいい?」

「……うん。二人にも黙っておいて……ください」


 ホントに敬語を使えない奴だな。こんな調子で編集さんとか大人相手に上手くやってけるのか? 不安だ。


 ……いや、それよりも。


「美夏さんに教えるんなら、その二人には明かしてもいいんじゃないか?」

「……なんで」


 またもや俺に冷たい視線を送ってくる。今度は頬も赤くなかった。


「なんでって……。ロミジュリのアレンジの会議をした頃から、あいつら、おまえにその手の秘密があること疑ってるぞ? まあ、さすがにプロになるとは想像してないだろうけど。乙女な妄想癖がある、くらいには思われるぞ、きっと」


 特に、桐生は真岡に対してかなり疑いの目で見ているのは間違いない。いや、それ自体は別に構わないのだが、ついでに俺も含めて勘ぐるのはやめてほしい。


「相性の悪そうな桐生はともかく、エリスとはもう友達なんだろ? だったら……」


 そのくらいいいじゃないか。

 と続けようとしたところで。


「やだ」


 端的すぎる否定の二文字で拒絶された。


「やだ、って……」


「絶対やだ」


 ダダこねる子どもか。ストレートすぎるぞ。

 あまりの幼児後退っぷりに俺が困惑していると、


「まあ、真岡ちゃんとしてはこのアドバンテージは絶対に譲りたくないよねえ」


 美夏さんが呑気な声で言った。



  ×××



 ~Interlude~


「じゃあ、俺はちょっと会長を手伝ってくるから。真岡、集計作業、サボるなよ? 美夏さんも、そのまま会長を連れてきますから、勝手にフラフラしないでくださいよ?」

「あいよー」

「わかったって。相変わらず小姑みたいに小うるさい奴だな」


 二人の適当すぎる返事に、悠斗は表情に渋面を作るも、「じゃあ任せたからな」と言って生徒会室を出ていった。

 部屋の中には、葵と美夏の二人だけが残された。


「ホント、忠犬みたいな弟分だこと。ちょっと美人に『助けてー』なんて呼ばれたらホイホイ尻尾振ってついていっちゃうんだからさ。エリスも真岡ちゃんも苦労するわけだ」

「……そうで……いや、違うって!?」


 ほぼ毎日通っているカフェの看板娘のボヤキを、葵はムキになって否定した。慣れない敬語は忘れて。

 

 美夏は「あはは」と声を上げて笑うと、ふと真面目な顔つきになって言った。


「真岡ちゃんもしんどい恋してるねえ」

「だ、だからあたしはそういうんじゃ……!」


 葵はまたもや声を荒らげるが、


「ない……」


 徐々に語尾が弱くなっていく。

 そんな素直じゃない年頃のリアクションに、美夏は苦笑する。


「あんなパッとしない奴の隣にいる物好きなんて自分くらい。そんなふうに油断してるといつのまにかライバルが増えてるのよねー」


 やけに実感のこもったかのような美夏の一言。

 葵は「……?」と怪訝に感じつつも、


「あんたって、桐生以上のリア充だったんだろ? あのエリスが歌った曲も、あんたあてのラブレターって聞いたけど。あ、ちなみにそのエピソードを聞いたときあたしと柏崎はドン引きだった」


 毒舌を混ぜつつ尋ねる。口調もすでにいつも通りだ。

 

 しかし、美夏はなぜか泣き笑いのような表情を見せると、小さく首を振った。


「違うよ。あの歌は―――――――」


 

 ×××



「ってなわけさ。その根暗野郎が惹かれたのは、ある時ひょっこり現れたあたしの悪友。そのラブレターを代わりに歌ったのがあたし。なかなかの拷問でしょ?」

「…………」

「ま、その悪友、見た目も性格も、真岡ちゃんにちょっと似てるんだけどね。彼女は作家じゃなくて作曲だったけど。気分屋で芸術家気質なところが特にね」


「……どうして、その話をあたしに? それにこの事、桐生やエリスには……」


「知らないよ。実の妹や親戚に話すには痛すぎるエピソードでしょ」


 美夏は自嘲気味な笑みをこぼす。


「だったら――――――」


「“3人”の中で、真岡ちゃんが一番昔のあたしの近い立ち位置だったからかな」

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