第2話② 真岡葵と桐生美夏

 真岡の作品の主人公は、作中の描写からすれば、引っ込み思案でおとなしい高校生の少女だ。世界観がファンタジーそのもののシルヴァとは何もかもが違う。

 なのに、顔のデザインや色の塗りなどに共通点がある。素人の俺でもすぐに気づいた。


「たまたま似てる……ってわけじゃないんだよな?」


 俺が聞くなり、真岡は頷いた。


「ああ。これを描いたのは、イラストレーターの『黒羊』って人なんだけど、この人のツイッター見たらシルヴァも描いたってつぶやいてたよ。小笠原から、杜和祭の宣伝も兼ねて頼まれたんだろうな。だから間違いない」

「そういや小野寺さんもそんな名前だとか言ってたな。いや、マジですごい偶然だな……って、あれ?」


 ふと、映像研の部室で初めてシルヴァを見せてもらった時のことを思い出した。


「確かその人、司がまだ高校生でアマチュアって言ってた気がするんだが……」


 こめかみに手を当て、その時の司の台詞を記憶の片隅から引っ張り出す。

 真岡は「ああ」と肯定した。


「そうさ。この人にとっても、商業作品のデビュー作になるらしいんだ。……あたしの作品で」

「……そうか。作家もイラストレーターも女子高生。しかもお互いデビュー作。それだけでもすごい話題を呼びそうだ」


 いや、この点を出版社や編集がアピールポイントとして宣伝するかどうかはわからないが。

 ……ただ、この出版不況の昨今、こんな話題性のあるネタを放っておくだろうか? 最近は小野寺さんのような声優どころか、スポーツ選手とか動画実況者とかでさえ、アイドルとして消費されるような風潮がある。ましてや、真岡はエリスに負けず劣らずの美貌の持ち主だ。

 

 ……『美人女子高生作家』とか変な名目で顔出しとかさせられたりしないだろうな?

 

 正直、真岡がそんな本質じゃないやり方で売れたとしても、ファン一号の俺としてはまったく嬉しくない。こいつの書く繊細で綺麗で、切ない物語をちゃんと見てほしい。絶対面白いから。


 なんて不安と焦燥(という名の妄想)が際限なく広がりかけたところで、真岡がやけに低い声を投げかけてきた。


「……おい柏崎。なんで黒羊さんが“女子”高生って知ってるんだ?」


 なぜか視線も冷たい。


「え? あ、ああ。確か司がその人のことを指して『彼女』って、ぽろっと言ってたんだよ。小野寺さんとエリスのライブの前に」


「……キモ」

「なんで!?」


「そんな些細な事を記憶してるのがマジキモい。柏崎、おまえ、女とした会話の内容とか事細かに覚えてるタイプだろ。それで、『えっ……柏葉君って私が話したそんなことまで覚えてるの……?』ってドン引きさせたことあるだろ。いくら女と話す機会に乏しいからってさすがに気持ち悪い」


「やめて!?」


 そんなに気持ち悪い連呼しないで!? しかもわざとらしく名前間違えやがって。


 プロ作家様の罵倒から身を守ろうと俺は強く耳を塞ぐ。だから、


「……小野寺といい、女のクリエイターなら誰でもいいのかよ。色恋沙汰はともかく作品はあたし一筋じゃなかったのかよ。ふん、バカ。浮気野郎」


 真岡が次に放った言葉は当然聞こえない。俺に読唇術の心得はないしな。


 その時だった。


 生徒会室の扉がガラリと開く。

 現れたのは―――――。


「やけに楽しそうだねえ。何、悠斗あんた、千秋だけじゃなくて、真岡ちゃんとも痴話喧嘩してるわけ?」


「み、美夏さんっ!?」


 本日のここの招待客にして、庄本高校のレジェンドOG、そして前々々生徒会長でもある桐生美夏さんのご登場だった。



  ×××



「そう、瑠璃は今外回りなんだ。まあ二日目は特に忙しいもんね。コンテストの結果発表や後夜祭の準備もあるし。あたしの時もそうだったよ」


 さすが、元この生徒会室の主。美夏さんは勝手知ったる様子で棚から紅茶のティーバッグを取り出し、ポットでカップにお湯を注ぐ。生徒会秘蔵のお茶請けもさらりと冷蔵庫から持ち出していた。

 ……いいのかな。高梨会長、毎日のおやつタイムをかなり楽しみにしているみたいなんだけど。


「それでだ悠斗」


 美夏さんは意地悪い笑みを浮かべた。やばい。この人がこんな顔をするときはロクなことにならない。長年の経験則だ。


「な、何ですか?」


「エリスとのデート当日に、他の子と乳繰り合ってるのはさすがにどうかと思うんだけどねえ。何、それとも案外エリス公認とか?」


 ほら来た。


「なっ……ち、違いますよ!」

「エリス公認が?」

「どっちもです!」


 ムキになってとからかわれようが、ここは本気で否定する必要がある。でないと半永久的にネタとして引きずることになる。


「あ、あの……」

「ん?」

「えっと、桐生のお姉さん、あたしたちはそういうんじゃない……あ、じゃない、です」


 くつくつと笑い続ける美夏さんに、おずおずと真岡が切り出した。……それしても、敬語ヘタクソだなこいつ。


「そうなの?」

「は、はい。柏崎にはずっと前から、あたしのヤボ用をずっと手伝ってもらってて。……それだけなんです」


 真岡はわずかに言い淀んだ。

 昨日のようなことがあった以上、俺もフォローはしにくい。……もう、『それだけ』という時期は通り過ぎてしまった気がするから。


 美夏さんはそんな真岡や俺の心中を見抜いたのか否か。


「ふーん……それは真岡ちゃんがブラックキャットでずっとやってたことと関係あるの?」


 多少なりとも矛先をずらしてくれた。

 ……いや、これもこれで極めて核心を突く問いではあるが。

 

 しかし真岡は。


「……そ、そうです」

「え? お、おい真岡」


 いいのかよ? 俺は目線だけで尋ねる。すると真岡はふるふると首を振り、苦笑してみせた。


「いいんだ。ずっとあの場所、使わせてもらってたし」


 こうして真岡葵は……真白あおいの秘密を、また打ち明けることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る