第1話③ 年下男子は不利?

 さて、朝飯も食べ終わり、各々準備を終えた全員が店の前に集合。


「じゃあ出発しよっか! おーっ!」


 スクールバッグを肩にかけたエリスが元気よく声を上げる。……かわいいな。


「おーっ!」


 続けて声を上げたのは琴音だ。……かわいくないな。


「みんなで揃って登校かあ……。小学校の頃思い出すね!」


 ……って、ちょっと待て。


「なんでおまえもついてくる気満々なんだ。一般入場者が入れるのは9時からだぞ」

「いいじゃん、30分くらい早くたって。開場までちゃんと校門で待つし。一緒に回る友達ともそこで約束してるしさ」

「いやでもな……」

「まあまあ悠斗、いいじゃない。琴音、いつも朝練で登校早いし。わたしもたまには琴音といっしょに通学してみたいよ」


 うっ……。エリスにそう言われてしまうと、俺としては反論しづらい。


「わあー! ありがとエリスさん! 兄貴、そんな文句があるなら一人で先に行けば? ぼっちなんだからそのほうが気楽でしょ? べーっだ!」

「ぐっ……」


 このクソ妹……ホント口が減らねえ……。


「ふふっ」


 エリスがクスクスと忍び笑いを漏らしていた。

 ……え、なんで笑うの? 昨日まで俺をかばってくれたじゃん……。もう琴音の味方なの?

 と、ショックに打ち震えていたら、彼女はなぜか桐生に向けて軽くウィンクを飛ばす。


「……へ?」


 俺は目線だけで桐生に尋ねる。しかしこの元幼なじみはかぶりを振り、


「なんでもないわ。悠君には関係のないことよ。でも、エリスは決して悠君を軽んじてたわけじゃないから。むしろ逆。だから心配しないで」

「はあ……?」


 なんだそりゃ。もしかして琴音が泊まった後なんかあったのか?

 だが、その疑問を挟む間もなく。


「悪い、みんな。ちょっとだけ待っててもらっていいか」


 恭也だった。


「どうした? 忘れ物か?」

「あー……ま、そんなとこ」


 恭也は曖昧にそう言うと、店の中に戻っていく。そして、ウィンドウ越しに美夏さんに駆け寄っていくのが見えた。

 あっ、これは―――――。


「おっ、ついに腹をくくったのかな?」


 ニヤニヤとした表情で司が煽る。

 まあ言い方はともかく、


「……お姉ちゃんを誘おうっていうのね。杜和祭を一緒に回ろうって」


 俺も同意見だ。


「えっ、それって……」


 驚いたエリスは目をぱちくりさせている。そうか、知る機会がなかったよな。


「恭也先輩、ひょっとして今日決めるつもりかな? 庄本高って後夜祭もあるんでしょ? シチュとしては十分すぎるくらいだよね」


「さあ、どうかしら。恭也も誰かさんと同じで顔のわりに案外ヘタレだし。あ、この場合の“誰かさんと同じ”は、“顔のわりに”じゃなくて“案外ヘタレ”に係ってるから」


「…………」


 それを言いたいなら、“顔のわりに”とか余計な修飾語いらないよね?


「ねえ悠斗、恭也くんって美夏のこと好きなの?」


 エリスのストレートな問いに、俺は頷いた。逆に言えば、頷く以外のことには言及しなかった。昨日の美夏さんの話を聞いてしまったからには、茶化す気にもなれなかった。


「美夏のほうはどう思ってるの? というか……美夏っていま恋人いるの?」

「いや、そっちについては知らん」


 いてもおかしくない……というかいなきゃおかしいくらいだが、あいにく美夏さんのその手の浮ついた話を俺は耳にしたことがない。大学に仲の良い友達はいるようだが。唯一の例外が、その『痛い歌詞を書いた陰気野郎』君だ。

 

「私も知らないわ。そもそも、実の姉の恋愛事情なんて聞きたくもないし」


 桐生もドライな反応を見せる。男と違って、女子は姉妹間でもわりと恋バナをしたりするイメージ(あくまでイメージ)があるが、この二人に関してはそうでもないらしい。

 ……ま、この姉と妹はちょっと複雑だしな。主に桐生のほうが一方的に、だけど。


「でも、美夏にうわさがないなら、うまくいく可能性はあるってことだよね?」


 プラス思考を是とするエリスらしい、前向きな意見。しかし、


「私は厳しいと思うなー。恭也先輩ってすごくかっこいいと思うけど、それは私から見て年上だからだし。いくらイケメンでも、4つも年下なんてガキにしか見えないでしょ」


 これでもかというくらいに辛辣に叩き切ったのは、クソ生意気な我が愚昧。そりゃ、おまえの4つの下だと小学生なんだから当然だろうが。


 と正論を突き付けてやろうかと思ったが、その前に桐生が同調した。


「そうね。年の差が一つ二つなら、同じ学校とかで十分あり得るとは思うけど。実際周りを見てても、大学生と付き合っている女子はたくさんいるけど男子はほとんどいないわ。いても、高校から付き合ってるって男ばかり。つまり、そういうことなのよね」


「そういうことって? 千秋、ごめん。ちゃんと教えてくれないかな?」

 

 日本語での指示語をうまく解釈できないエリスが問う。

 桐生は答えた。


「私たちのくらいの年って、女子も男子も年上に憧れる人は多いと思うけど、それを受け入れる女性は限りなく少ないってことよ。はっきり言っちゃえば、頼りないし子供っぽくて恋愛対象には見られないってことね」


「逆に男はカッコつけやすい年下のほうがいいってことだねー。ロリコンも多そうだし。偏見だけど」


 いやマジでド偏見だな。

 ……つーか、こいつらさっきから生々しくてヘビーな話しすぎ。まだ朝なんだが。男はドン引きだぞ。


「エリスさんだって、年下と年上なら年上のほうがいいでしょ?」

「えっと……うん、そうだね。わたしもどっちかと言われれば年上がいいな。自分がすごく大人になったらわからないけど」


 ……エリスもそうなのか。なんかショック……。

 と落ち込んでいる暇もなく、なぜか流れ弾が俺に飛んできた。


「それに……正直、年上にはチャラけたところがある恭也よりも、“誰かさん”のほうが需要がある気がするわ」


 桐生がまるでこの夏のような、じっとりとした湿度の高い視線を俺に向けてくる。

 

 だ、だから何だってんだよ今日は……。

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