第1話② バカップル??

 さて、ゆっくりとモーニングタイム。

 

 と、言いたいところだったが……。


「やっぱり五郎のフレンチトーストおいしいー!」

「……悔しいけどその通りね。カロリーが気になっちゃうとこだけど。今日はいっぱい動かなきゃ」

「何よ千秋。まだ若いくせにもうそんなに食事に気を遣ってんの? そんなんじゃ大きくならないよ? あたしや母さんの血を引いてるんだからまだ望みは十分あるのにさ」

「な、な、な……なんの話よお姉ちゃん!」

「あたしも美夏姉ほどとは言わなくても、エリスさんくらいは欲しいな……」

「こ、琴音。どこ見てるの? だ、だいたい、わたしはたぶん平均より下くらいだし……」

「それで平均以下!? やっぱヨーロッパの人って違う……」

「美夏さんか……ゴクリ」

「あ、人の胸ガン見してる校内有数のイケメンがいるー!」

「……恭也。不埒な目で娘を見るな。命が惜しかったらな」

「す、すんません、マスター!!!」


「…………」


 ……朝っぱらから何だこの会話……。セクハラじゃないの?

 当然、気まずすぎて俺のような性格の人間は割って入れない。こういうちょっと下ネタじみた会話に馴染めず、「ノリ悪い~(煽)」「え? ムッツリ?w」とかからかわれて、ぼっちになっていった陰キャは結構いるだろう。


 騒々しいテーブルを横目に、淡々と目の前のメシを口に運ぶ。黙食は大の得意な俺である。


 うん、うまい。


 今日はフレンチトーストにオムレツ、それとコーンスープにサラダ。確かにカロリーは気になるところだが、どちらかといえば和食より洋食派の俺としては歓迎である。


「悠斗」

「ん?」


 孤独のグルメのごとく無心でケチャップたっぷりのオムレツを賞味していると、クイクイとワイシャツの袖を引っ張られた。

 ……こういうの、やめてくんないかなあ。モテない男はこれだけで好きになっちゃうんだけど。


「エリス、どうした?」

「あのね、今日のコーヒー、ちょっと苦い、かも」

「え? ごめん。豆を深煎りしすぎたかな」


 エリスはベーと可愛らしく舌を出していた。彼女は無類のコーヒー党ではあるが、北欧では苦味よりも酸味のあるフルーティーなのがポピュラーらしく、口当たりのよいあっさりとした味を好む。極度の甘党の真岡も、苦いコーヒーを淹れると露骨に嫌な顔をするので、結局カフェオレになってしまうこともしばしば。眠気覚ましにキツイのくれって言ったくせにさ。


「そう? 私はこれくらいでもいいけど。コクが深くて美味しいわ」

「僕はシュガー一本あれば、って感じかなあ。でもやっぱりプロに教わってるだけあるね」

「え? おまえら飲めるの? 普通に苦くね?」


 と思ったが、イケメン以外の二人の評判は悪くない。つーか恭也君さあ。何? 苦い物が苦手とかそういうちょっとあざといところも女子ウケのいい理由だったりするの?


 ま、それはともかく……

 俺はすくっと立ち上がった。


「わかった。じゃあミルクを入れてくるよ。ちょっと待っててくれ」

「え? だいじょぶだよ? そのくらい自分でやるよ」

「いいっていいって。このくらいやらせてくれ。昨日頑張って疲れてるだろうし、今日も主役じゃないか。エネルギー充電しといたほうがいいぞ」

「……うん、わかった。ありがと、悠斗」


 俺は厨房に入って牛乳を軽く沸かし、エリスのコーヒーに注ぎ足してからフロアに戻る。


「ほら、カフェオレにしたぞ。はい、どうぞ」

「うん、ありがとう! ……ってあれ? 悠斗、これって……」

「一口サイズのチョコだよ。おまけな」

「えへへ、こういうのもサプライズだよね。うれしいよ!」

「んなオーバーな……」


 ホント、エリスってお嬢様だろうに些細なことでも喜んでくれるよな。却って心配になっちまうぞ。

 ……って、


「……こ、今度はなんだよ」


 全員そろって凝視しやがって。しかもさっきより目の数が増えてやがる。


「いや、なんていうか、うん。ちょっと見てるこっちが恥ずかしくなってくるっていうか」

(なあ琴音。こいつら、これでまだ付き合ってないとかマジ? バカップルじゃん)

(……知らないよーだ。ふんっ、バカ兄貴)


 司は気まずそうに頬を掻き、恭也と琴音はひそひそと何やら囁き合っている(俺には聞こえない)。

 すると、桐生がやけに白けた目つきで睨んできた。


「悠君。ひょっとして、いつもそんな感じでエリスを甘やかしてるの?」

「へ?」


 いやいや。甘やかすって。

 俺は思わず反論する。


「たかだかコーヒー淹れ直しただけで、なんでそんな大げさな話になるんだよ。第一、これはエリスの口に合わないものを作っちゃった俺が悪いだろうが」


 俺としては別にエリスをかばう意図もない、本当にただそう思ったことを口にしただけだった。

 しかし、俺の主張を耳にした桐生はなぜか唖然とした様子で目を丸くし、


「……呆れた。本当に自覚なしなのね。言っとくけど、今のその発言、かなりアレだから」


 またしても、まるで深海の底に沈んだかような溜息を吐いた。


「……口に合わなかったのは俺もなんだけど」

「恭也、完全に忘れ去られてたね。ま、しょうがないんじゃない? 悠斗が大事な人にこうなるのはある意味いつものことだし。ま、かつてのその相手の『美味しい』って評価もあっさりスルーされたけど」


 ……おかしい。悪いことなど一切合切してないのに、なんで俺はこんなに非難に晒されてるんだ?


「こんな調子でこの先大丈夫かしら……。悠君も相変わらずタチ悪いけど、これじゃエリスの今後が心配になってくるわ」

「千秋姉。それ経験談?」

「……うるさいわよ、琴音」

「まあ、最初に護衛役を頼んだ身としては強く言いにくいけどねぇ。確かにこのままだとズルズルいっちゃいそうかも」

「確かに、ちょっと健全とは言い難いかもなあ。そういうところは信介に似てるな、悠斗」


「???」


 いやマジでわからん。美夏さんやマスターまで何言ってるんだ?


 確かに、エリスをできる限りサポートしてやりたいとはいつも思ってはいるけど。

 ……彼女に対して、言葉にし難い想いが日増しに膨らんでしまっている自覚も……まあ、あるんだけど。

 でも、こいつらの言いたいことはそれだけじゃないような気がする。

 

 俺は思わずエリスを見た。


 彼女は「あはは……」と心当たりがあるようなないような、やけに微妙な苦笑いを漏らしていた。

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