第1話④ 好かれる理由?

「な、なんで俺なんかが年上に好かれるんだよ。適当なこと言うな」


 三白眼でじろりと睨んでくる桐生に、俺はずるずると後ずさる。怖い。


「だってお姉ちゃんと仲いいじゃない」


 桐生はやたら拗ねたように口を尖らせたのち、


「あと、“なんか”って言い方やめて。なんだか胸が苦しくなる。私の」


 そう胸元をギュッと抑え、悲しげに瞳を伏せた。

 ……何だよ、それ。第一、誰のせいでこうなったと―――――。


 って、ええい、やめだやめ。朝から何イタイこと考えてんだ。今さら桐生を責める資格なんざ俺にはねえだろ。


 俺は、脳裏に埋め尽くされる靄を振り払おうと首を振る。だから、桐生を不安そうに見つめるエリスの姿には気づかなかった。


「……美夏さんのことなら、付き合い長いんだからノーカンだろ。半分ホントの姉みたいなもんじゃないか」


 桐生や恭也たちとは違い、黒歴史の中学時代でも美夏さんとはなんだかんだ交流はあった。年が離れていたからこそ、俺は美夏さんにどうしても知られたくないことを知られることはなかったし、彼女もまた距離をうまく測って俺と接してくれていた。


 コミュ障やぼっちでも、先生とか学校に関係のない大人とかとは意外と話せたりするだろ? あれだあれ。


「うわっ……。バカ兄貴、よりにもよってそれ千秋姉の目の前で言う?」

「ま、姉妹で距離感は全然違うよねー。半分姉のお隣さんと、もう友達でさえない元幼なじみ。こりゃ大変だ」


 わけわからん茶々を入れてくる琴音と司はシカトする。桐生は「司……?」と半端ない殺気を放ってから、再び俺に意味ありげな視線を向けてくる。その司は「ひっ……」とガチで怯えていた。


「それに……あと高梨会長とか」

「え?」

「最近よく悠君のことを話題に出すのよ、会長。”柏崎くんってしっかりしてて頼もしいわねって”とか、”生徒会にスカウトしてみようかしら”、とか。私の知らないうちにずいぶん気に入られたみたいね?」

「……えっと、冗談だよな?」

「さあ。会長って妙につかみどころのないところあるし。案外本気かもね」


 桐生はまたしても白けた表情になる。


 いや、それは困る。ホントに。ガラじゃなさすぎる。

 つーか、それ俺に興味あるんじゃなくて桐生をからかってるだけじゃね? 

 なんて言おうとしたら、背筋に強烈な寒気が駆け抜けた。


「……悠斗。どういうこと? たしか会長って西條先輩と友達の、あのカッコよくてキレイな人だよね? いつのまに仲良くなったの?」


 冷気の主はエリスさんだった。出身地である寒帯を彷彿とさせるような氷属性をその身に纏っている。その青い瞳が暗い輝きを放っていた。


「ご、誤解だエリス。俺は会長から杜和祭の準備についての指示をこなしただけで……」


 なんでこんな弁明(言い訳ではない)をしているんだ、俺は。


「ふーん。その仕事をいっしょにしてるうちに、さりげないジェントルさとか見せちゃったんだ。重い荷物をこっそり運んであげたり、先回りして大変な仕事を片づけたりして、彼女の負担を減らしてあげたりしたんだ? だけど、それを自慢もせず黙ってたんだ?」


「……な、なんでわかるの?」


 見てたの? ちょっと怖いですエリスさん。


「わかるよ。わたしがここで働いたときもそうやってフォローしてくれたじゃない。わたしが気づいてないとでも思ったの?」

「うっ……」


「文句言ってるようでノロケかあ」

「やっぱり甘やかしてるじゃない……」


「ま、待ってくれ。上司や先輩には忖度そんたくしたほうが、回りまわって自分の仕事もスムーズに進むだろ? 別に彼女たちに気に入られようとしてやってるわけじゃ……」


「うわあ、その言い訳がまたわざとらしいしウザっ……」

「……ソンタク?」


 琴音は露骨に顔をしかめ、エリスは「忖度」という海外では適切な訳のない意味不明のワードに首を捻っていた。

 そのとき、


「なるほど、わかったよ!」

「あ?」


 いきなりなんだ。びっくりするだろ司。


「こういうちょっとした気配りって、僕らくらいの年じゃ気づきにくいもんね。下手すれば押しつけがましかったり、オラついてたりするほうがモテるくらいおバカな年頃だし。だから、そういう控えめな優しさに気づける大人な人に好かれやすいってことか」

「……冷静に分析するなよ」


 死ぬほど恥ずかしいんだが。


「べ、別に年は関係ないと思うけど? 同い年だからって不器用な優しさに惹かれないってわけじゃ……」

「でも、妙な自意識でそこから目を背けたから今の千秋はこうなんだよね?」

「…………」

「司先輩、司先輩。バッサリいきすぎ。千秋姉真っ白になってるよ」


 琴音のツッコミにも、司は意に介さず一度頷いてから続けた。


「年上っていうより、精神年齢高めの人ってほうが正確かもね。日和ちゃんも、年こそ下だけどもう仕事してるから色々と大人っぽいし。だから、彼女も悠斗に興味が湧いたってことかー」


 あ、バカおまえ。また余計なことを……。


「……ユウト?」


 エリスを覆う冷気が一段と力強さを増す。もはやブリザードだ。


「ちょ、ちょっと!? エ、エリスさん!?」


 発音が昔に戻ってるよ!? 誰か、誰か助け―――――


「よっしゃあーーー!!」


 と、ガタガタ震える俺とは対照的に、派手なガッツポーズして出てきたのは、我が校の屈指のイケメンが一人。

 喜多恭也は、カオスな状況に置かれている俺たちを見回し、


「……ん? みんな、どうしたんだ? 特に悠斗? めっちゃ疲れた顔してるけど……。元気出していこーぜ!!」


「なんでもねえよ……」


 このハイテンションさで結果はいわずもがな。

 ……どうやら第一ステップは無事クリアしたらしい。


 でも、正直今は助かった……。

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