⑩青春タイトル争い ~三冠王~
「ごめんなさい、エリス、琴音。遅くなっちゃって。お父さんもお姉ちゃんもあれこれうるさくて―――」
家族会議を終えた千秋が部屋に入ってくるなりそう言うと、エリスは「しーっ」と人差し指を口に当てた。
「え? ……あっ、寝ちゃったのね」
エリスのベッドで静かに寝息を立てている琴音の姿を認めるなり、千秋は優しく微笑んだ。
「……って、あら?」
静かに琴音の表情を覗き込んだ千秋は、その睫毛がわずかに湿気を帯びていることに気づく。
「うん……ちょっとね。琴音もいろいろ悩んでるみたい」
「……そう。受験生だもんね。やたらと手のかかる兄はいるし」
千秋はそれ以上言葉を繋ぐことはせず、琴音の髪を優しく撫でる。そして、ベッドを背にして座り込んだ。
その瞬間、二人そろってピコンとスマホの着信音が鳴る。
エリスが一足先に中身を確認する。“三人”のグループチャットからだった。
『今日はいきなりで悪かったな。これで晴れてあいつは自由の身だ』
「ふふっ。ホントに葵って素直じゃないよね」
葵らしいメッセージにエリスは苦笑い。しかし、続けてスマホを取り出した千秋が別の種の笑みを漏らした。
「今日はそうでもないみたいよ?」
「え?」
『あと……エリスのライブ、すごかった。それと……まあ、結構嬉しかった』
「葵……ありがと」
エリスがぽしょりと、それでいて真摯な礼をつぶやく。千秋はやや呆れ顔で言った。
「この『結構嬉しかった』は『友達って言ってくれてものすごく嬉しかった』と訳して問題ないわよ」
「あはは。うん、それくらいはこの何カ月かでわかるようになったよ」
「さすがね。難解で言葉足らずな日本語ばっかりしゃべる彼女や悠君に鍛えられてるだけあるわ。ネイティブでも理解に苦しむのに」
千秋の散々な……それでいてどこか甘さも感じる言い様に、エリスはくすくすと笑う。
すると、またしてもLINEの通知音がデュエットを奏でた。
『明日の劇も脚本書いた人間として楽しみにしてる。柏崎をおもいっきりメロメロにしてやれ』
「もう、葵ってば……」
「……こんな言い方するからには、やっぱり真岡さんも今日悠君と何かあったっぽいわね。エリス、真岡さんは今はこう言ってるけど、あんまり悠長にしてられないわよ? さっきの話だって、別にからかってるだけってわけじゃないんだからね」
「えっ?」
千秋が覆水を無理やり盆に返すようについ先の話を混ぜ返す。エリスは、千秋の『一緒になる』だの、自らの『絶対に無理だよ!』だのといったセリフを思い出してしまい、風呂上がりの火照った頬をますます赤くした。
そんな可愛すぎる親友に、千秋は穏やかな気持ちでいっぱいになる。
「あんまり人の恋愛に首を突っ込むのは良くないとは思うけど、さっきも言った通りあなたたちにはタイムリミットがあるんだから。悠君はヘタレだからこのまま放っておくとズルズルいっちゃいそう。私がフォローできるのも今のうちだけだし」
「フォローって……」
フォロー。支える。励ます。応援。
あたし、エリスさんの応援はできません――――――。
そんな日本語の連想ゲームの果てに、琴音の悲痛な嗚咽が甦る。
エリスは静かに目を閉じ、覚悟を決めるように大きく深呼吸した。
「千秋」
「なに?」
「その、聞いてもいいかな?」
「どうしたのよ。改まって」
「……千秋はいいの? わたしや葵がその……もっと悠斗と仲良くなっても」
「……!」
我ながらズルい聞き方だと思った。色んな意味で。これじゃダメだ。だから、
「ううん、ごめん。わたしが……もっと、もっと悠斗のことを好きになっても。もう、止まれなくなっちゃっても」
「エリス……」
「……いいの?」
エリスは隣に座る親友の顔をじっと覗き込んだ。決して逸らさない。逸らしてはいけない。
その未来さえ見通しそうな翡翠色の瞳を静かに見つめ返した千秋は、やがて小さく首を縦に振る。
「エリスも真岡さんも何か勘違いしてるみたいだけど、私は悠君とどうこうなんてつもりないわよ?」
「……そうなの?」
「そりゃ幼なじみだし、ここ何年かすれ違ってたのは苦しかったけど……それは自分が悠君を傷つけちゃってたからであって……。別にエリスや真岡さんほど彼にぞっこんってわけじゃないわ」
「ぞっこん??」
「ベタ惚れってことよ」
千秋がいたずらっぽくウィンクしてみせると、エリスはまたしてもかあっと赤面。
「また悠君と話ができるようにしてくれたのはエリス、あなたのおかげよ。だから、これ以上は望まないし、心配もしなくていい。あ、もちろん真岡さんは別よ?」
「千秋……」
とても嘘を言っているようには思えなかった。でも、エリスはどうしても納得しきれない。だって……。
(本当にそのくらいの気持ちなら、琴音、あんなに泣かないよ――――)
千秋はエリスのそんな深い想いと、琴音の涙は露知らず、
「エリスったら、ホント青春真っただ中って感じね。羨ましいくらいよ。悠君、いつのまにそんな罪な男子になったのかしら」
と、そこまで自分で言って、
「ううん、違うわね。私が彼をちゃんと見てなかっただけ、か―――――」
(ほら、そんな、寂しそうで、嬉しそうで、切なそうな顔してる。それに―――――)
「“好きじゃない”とは絶対に言ってくれないよね――――」
「え?」
「……ううん、何でもないよ」
恋、友情、未来――――。
青春の悩み役満の少女たちの夜は更けていった。
第4章に続く
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