⑨青春タイトル争い ~兄妹~
「エリスさん、おつでーす! ただいま戻りましたー!」
「あ、琴音! おかえりー!」
もう時刻も気づけば22時過ぎ。
まだまだ積もる話が尽きそうになかった少女たちは、結局エリスの部屋でパジャマパーティーをすることになった。
琴音は一度自分の部屋に帰ってゆっくりとお風呂に浸かり、愛用の猫の枕を抱えて戻ってきたところだ。
「あれ、千秋姉は?」
「美夏や五郎とお話してるよ。家族会議だって。進路のことじゃないかなあ」
「そっか……。エリスさんだけじゃないんですよね。遠くに行っちゃうのは」
琴音は、ベッドに座っているエリスの隣にぽすんと腰を下ろす。寂しさを感じているのか、エリスに触れ合うように身体を寄せる。
「……そうだね。でも、それは悠斗もだよ?」
「……兄貴のことなんかどうでもいいですよ。どうせ都内の大学に行くから家を出ることもないだろうし」
相も変わらず悠斗には辛辣な言葉を吐き捨てる琴音。エリスや葵のような超がつく美少女たちに好意を持たれていることを知っても、妹からすれば頼りなさすぎる兄にそうそう態度が変わるわけでもない。
「……琴音はそんなに悠斗が嫌いなの?」
エリスは寂しそうに言った。
「嫌いっていうか……」
琴音は静かに中空を見上げる。エリスが越してきて、新品になったばかりの蛍光灯が眩しい。
「あたし……エリスさんにはすごく感謝してるんです」
「えっ?」
話が脈絡もなく急に飛び、エリスはにわかに混乱する。論理が伴っていない日本語はいまだに苦手だ。
しかし、琴音にとってそれはずっと地続きになっている話で。
「だってエリスさんが日本に来てから……少しずつ、みんな、またここに戻ってきてるから」
お気に入りの……もうボロボロになってしまった枕をぎゅっと抱き締める。
「小学校の頃はいつも一緒だったんです、あたしたち。兄貴も、千秋姉も、美夏姉も、恭也先輩も、司先輩も」
「うん、みんなから聞いてる。昔は仲良かったんだよね?」
琴音は「はい」と小さく頷いた。
「……でも、兄貴たちが中学に入ってから、どんどんバラバラになっていったんです。一番の原因は……兄貴が千秋姉や恭也先輩のグループに入れなかったから」
「…………」
「兄貴はあの通りの性格だから。中学に入ってみんなオシャレに目覚めたり、流行りの音楽を聴いたりしてるのに全然興味示さないし。周りのノリに合わせるのも下手だし、空気読めないし」
過去の生々しい記憶が甦り、琴音の口調は次第に熱を帯びる。
「最初はあたしも全然わからなかったんです。自分はまだ小学生だったし、なんで千秋姉がウチに全然に遊びに来なくなったのか知らなかった。あたしのこと、嫌いになっちゃったのかなあって落ち込んだりもしました。でも、あたしも中学に入って、兄貴が学校でめちゃめちゃ浮いてるのを見て、やっと理解できたんです。『ああ、兄貴はもうみんなの仲間じゃないんだ』って」
「……悲しかった?」
「悲しかったっていうより、恥ずかしかった。兄貴の妹だって、学校の友達に思われたくなかった。あいつの妹なんだって、バカにされるのが怖かった」
「……うん」
「だから、ホントはちょっとだけ恨んでもいました。兄貴にもっと友達が多かったら、もっと器用だったら、もっとかっこよかったら、あたしはこんな思いしなくてよかったのに。みんなともずっと一緒にいられたのにって」
いつのまにか堰を切ったように感情を溢れさせた琴音に、エリスはそっと、穏やかに語りかける。
「昔はそうだったかもしれないけど、今の庄本高の人たちは違うよ? 悠斗、友達は多くはないかもしれないけど、彼の良いところをわかってる人は結構いると思う。真面目で、優しくて、ほかの人の気持ちに寄り添える人だから」
琴音は困ったように眉を下げて。
「……そんなの、知ってます。兄貴が底抜けのお人好しってことくらい。一応、これでも15年間ずっと妹やってるんですよ? あたし」
「琴音……」
ちょっとだけ自慢げに兄を語る琴音に、エリスは涙の溜まった彼女の目元を指で優しく拭った。
「この枕、あたしの小学3年の誕生日のときに兄貴が買ってくれたんです。自分の欲しい物を何カ月も我慢して、お小遣いを貯めて」
「大切にしてるんだね。悠斗からのプレゼント」
「……まだ使ってることは隠してますけどね。恥ずかしいし」
そこでようやく、二人はふふっと微笑み合う。
「兄貴がブラックキャットでバイトするようなってから、美夏姉とはだいぶ付き合いが戻ったけど、千秋姉とはたまにメールするくらいで全然会ってなかったんです。けど、エリスさんが来て。あのぶきっちょな兄貴が少しずづちゃんと言葉を口にするようになって。千秋姉もここに帰ってくるようになって……。だから、エリスさんにはありがとうっていくら言っても足りないくらいなんです」
「わたしはただ、日本で初めて会った悠斗や、おじいちゃんから親戚だって聞かされてた千秋や美夏と仲良くなりたいって思っだけだよ。それをみんなが優しく受け入れてくれたの。感謝してるのはわたしのほう。もちろん、琴音もだよ?」
先のライブの時とまったく同じ気持ちを伝えるエリス。
琴音は「ありがとうございます」と声を震わせ、だからこそ隠していた本音を露にする。
「だから……あたしは、このままでいたいです。あんなヘタレのことでエリスさんたちに揉めてほしくないし、悩んでほしくないです。またバラバラになるのはイヤなんです」
「琴音……」
再び切ない気持ちで一杯になった琴音は、エリスの肩に額を押しつける。涙に濡れた顔を隠すように。
「エリスさん、ごめんなさい……。あんなダメ兄貴をこんなに想ってくれて、あたし、すごく嬉しいのに……。兄貴になんかもったいなすぎるってわかってるのに……。それに、それにあたし……エリスさんの……」
琴音は消え入りそうな声でつぶやいた。
それを聞いても、エリスは驚くこともなく首を振り、
「大丈夫だよ、琴音。ちゃんと、知ってるよ」
またしても琴音を強く抱き締めた。彼女が罪悪感を感じることのないように。
「……わかっちゃうんだ。ちゃんと言ってくれなきゃわからないって、エリスさん、ずっと言ってたのに」
「……うん。わかっちゃうよ。だって……」
いつも、わたしと同じ方向を見てるから。その親友は。
「悠斗……わたし、どうしたらいいのかな」
エリスの耳に届いたその言葉は。
“応援はできません――――――。”
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