間章

①青春タイトル争い ~友情~

「えーっ!? エリスさんのライブ、そんなに盛り上がったの!? 見に行きたかったー!」

「うーん……でも、エリスが歌ったのがあたしたちの作った曲って……。ちょっと照れるね」

「わはは、俺たちも今日店がなければ見に行ったんだがなあ」


 文化祭1日目を無事終え、帰宅した俺たち(桐生も今日はこっちに泊まるらしい)は、ブラックキャットで遅めの夕食を取っていた。


 足をジタバタさせて騒いでいるのは我が愚妹の琴音、ちょっと照れくさそうに頬を掻いているのは桐生の姉にして当校レジェンドOGの美夏さん、豪快な笑い声をあげているのはこのブラックキャットのオーナーにして桐生家の家長、五郎さんである。


「兄貴、動画撮ったんでしょ? ちょっと見せてよ」

「あ、いや……すまん、撮ってない」


 カメラを起動する時間さえもったいなかったし、レンズ越しに映る彼女では物足りないし、そもそも最初からずっと見惚れていた……とは言えなかった。


「はあ!? ホント気が利かないし使えないんだから!」


 その結果がこの容赦ない兄への罵倒である。


「まあまあ琴音。司くんがちゃんと録画してくれてるから大丈夫だよ。後で頼んでデータ持ってきてあげるから」

「あ、そっか。司先輩の企画したライブなんでしたっけ」


 だが、エリスの適切かつ素早いフォローのおかげで、琴音の理不尽な怒りの炎は沈下に向かったようだ。相変わらずな妹だ。溜息が出る。


「エリスさん、明日は絶対に行くからね! 

「うん、ありがと琴音! 待ってるからね!」

「エリスさんのジュリエット、楽しみー! すっごいキレイなんだろうなー!」


 互いにニコニコ顔で言葉を交わし合う。すっかり仲睦まじい。その優しさのひとしずくでいいから兄に分けてくれませんかねぇ……。


 ……それにしても、ロミオとジュリエット、か。


 嫌でもあのロミオ役のイケメン野郎、木戸勝利のことを思い出してしまい、どうにもモヤモヤする。かといって、俺から何の前触れもなくエリスに聞くのも変だし。自意識過剰で何様だよって感じだ。

 ……めっちゃヘタレだな、俺。


 自分の情けなさに改めて嫌気がさす。


「ところで、何であんたたちはさっきからぼうっとしてるの?」

「へ?」


 突然、美夏さんから声をかけられ、思索にふけっていた俺の意識は現実に引き戻される。


 ……てか、“たち”?


 そう首を傾げながら美夏さんの視線を追うと、その先にいた桐生もまた、ぼんやりと心ここにあらずな様子で中空を見上げていた。


「桐生? 大丈夫か?」


 俺が自分を棚に上げつつ尋ねると、桐生はハッと弾かれたように肩を震わせた。


「え? ゆ、悠君?  へ、平気よ。今日は色々あったからちょっと疲れただけ」


 桐生はなぜか急くような早口で言った。

 すると、美夏さんは瞳をキラリと輝かせ、


「はーん……さては千秋、ひょっとして誰かに告白でもされちゃった? 青春だねー」


 かつてのように妹をからかう。

 そして、こういう時の桐生は、


「は、はあ!? いきなり何言ってんのよお姉ちゃん! 適当なこと言うのやめてよっ!?」


 大抵ムキになる。血のつながった姉妹ならではの遠慮のないやりとり。昔何度となく見た光景だ。


「なんで? 文化祭だしそういう雰囲気だってあるでしょ。あたし、確か祭りの期間中に5人くらいからコクられたよ」

「わ、私はお姉ちゃんとは違うの! 一緒にしないで!」


 そして、ただの姉妹のじゃれあいだけでは済まされない、かすかだけど本気の痛みが垣間見えるのも、また。


「ああ、美夏さん。たぶんそういう系統の話じゃないですよ」

「ん?」

「さっきのライブ中に、桐生はエリスからものすごい情熱的な告白をされたんです。その感動がまだ抜け切ってないのではないかと」


 しれっと割って入る。助け舟ってわけじゃないぞ。


「は、はあ!? 悠君まで何言ってるの!?」

「え……ち、千秋。あんたそっちの気があったの……?」

「そんなわけないでしょ!」


 桐生はそう叫んで疑惑を否定すると、キッと涙目で俺を睨む。


「ゆ、悠君! な、何でそんなこと言えるのよ! あの時、私のところにいなかったじゃない!」

「いやだって……」


 同じような告白を受けた真岡も結構うるうるしてたし。あの意地っぱりが服着て歩いてるような真岡がだぞ? ……まあ、あいつは友達いねえし余計に感動したのかもしれんけど。

 

 あれだけストレートに『親友です!』なんて言われたら、恥ずかしいだけじゃなく、それなりに感ずるものはあるだろう。ましてや、遠い国からやってきた異国の友人に大切に思われていたとなれば、なおさらだ。


 俺は仕方なくフォローを入れる。


「エリスと桐生が本当に仲良くなったって話ですよ」

「……なるほど。そりゃあ確かに尊いかも」

「真面目に納得されるのもそれはそれで恥ずかしいんだけどっ!?」


 そんなこんなしているうちに、今度は桐生が赤い顔のままジト目で言った。


「……だいたい、そういう悠君はどうなのよ」

「え?」

「あの時のエリスの言葉。あんな真っ直ぐな感謝と気持ちをぶつけられて、どうするのよ。さすがにスルーするつもりじゃないでしょうね」

「………それは」


 桐生のどこか切々とした眼差しと問い。

 俺は、琴音と一緒に楽しそうに笑っている彼女を見つめる。


「……一応、精一杯返すつもりではあるよ。どれだけできるかわかんねえけど」


「……そう。ならいいんじゃない」


 桐生はぷいっと顔を逸らした。


「……やっぱ青春じゃない。あんたたちも、充分にさ」


 美夏さんの呆れたつぶやきは聞こえないフリをした。

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