第5話⑩ エリス・ランフォード その1

 小野寺さんたちがサプライズでステージ上に姿を現し、そのまま数曲を連続して披露。そして、


『みなさん、今日は私たちのライブに来てくれてありがとうございまーす!!』


 ここで初めてMCが入る。


『私は、今日のボーカル担当、1年4組の小野寺日和でーす!! このシルヴァちゃんの中の人も、私がやらせてもらってますよー! ……あと、ちょこっとアニメで声の仕事なんかもしてます、よろしくお願いしまーす!!』


「え」


 それ、言っちゃって……


「平気だよ」

「うわっ!!」


 いきなり後方から姿を現したのは、なぜかドヤ顔後方彼氏面で腕組みをしている昔なじみだった。


「……なんだ司か。脅かすな」


 心臓に悪い。だが、ビビったのは俺だけのようで、真岡は「うっさいなあ、聞こえないんだけど」みたいな白けた視線をぶつけてきていた。

 俺は慌てて咳払いし、


「で、なんで平気なんだ? 学祭なんて非公式のイベント出演で本業をカミングアウトするのはどう考えてもまずいだろ」

「そりゃ非公式じゃなくて正式にオファーをしたからだよ。決まってるじゃん」

「な……に……?」

「ちゃんと彼女の所属する事務所にも了解をもらってるし、オフィシャルに彼女へ依頼した仕事ってこと。でなきゃ、こんなことできないよ。さすがに通っている学校での文化祭ってことで、ギャラはかなり大目に見てもらったけど」

「……おまえ、いったい何者?」


 俺の周りにはやたら超人が多いが、実はコイツが一番ヤバいんじゃないだろうか。


「フッ、僕はしがないただの学生プロデューサーだよ」


 司は得意げにエアメガネをクイっと上げるポーズをしてみせる。……イラっとするな。


「……でも、大丈夫なのかよ。これだけ騒がれちゃったら、小野寺さんの今後の学校生活なんかにも影響が出るんじゃないか」

「ごもっともな懸念だけど、そんなデメリットを享受してもこの仕事を受けたんだから、彼女サイドにも思惑はあるんだと思うよ。断ることだってできたんだし。そこは依頼側の僕らが必要以上に気にすることじゃないさ」

「……まあ、そうか」


 なんつーか、高校生の会話じゃないな、これ。


「それに――――」


 司はそこで何かを続けようとして、


『それじゃあ、今日の仲間たちを紹介しちゃいますねー!!』

「おい、柏崎。前見ろ前。あとうるさい」


 そんなこんなしているうちに、小野寺さんがバンドのメンバーたちの紹介を始める。

 ……そして真岡さん、あんな捻くれた台詞連発しておいてすっかり夢中になってますね……。


『まずはギターのさやかちゃん! 私と同じ1年生でーす!!』


 さやかと呼ばれた少女は、挨拶代わりにとカッコいいギターテクを披露し、『今日は来てくれてありがとー!』と声援に応える。ショートヘアーで前髪に留めたヘアピンが可愛らしい。


 そして、ベース、ドラムと順番に紹介されていく。ベースの子はクールな2年生のミサさん、ドラムの子はやや天然な2年生のヒナコさんというらしい。当たり前だが、みんな可愛い。粒ぞろいの美人だ。だけど―――


「それに―――――」


 司は繰り返した。


「今日のこのライブ、日和ちゃんだけが話題を独占するってことにはならないと思うよ。悠斗もわかってるでしょ?」

「…………」


 そう。彼女に敵うわけがない。


『そしてみなさーん、気になってますかぁー!? なってますよねーー!? このキーボードの人のことー!』


 まるで司のその言葉が聞こえていたかのように、ステージの小野寺さんは観客を煽る。


「「「なってまーす!!!」」」


 期待していた通りの観客の返しを受けて、小野寺さんがウィンクで合図。

 エリスは優しく微笑むと、キーボードを流れるように弾いてみせた。

 わあっとひときわ大きな歓声が上がる。


『さて、みなさんの紹介が済んだところで……名残惜しいですけど、いよいよ次が最後の曲になります!』


 小野寺さんのその宣言に、「えーーっ!?」と、これまたお決まりのコール。

 しかし、本当のサプライズはここからだった。


『でも、その曲を歌うのは私じゃありません! バトンタッチです!!』


「え―――」

 

 今度のそれは、言うまでもない、俺のものだった。


 小野寺さんはエリスとハイタッチすると、入れ替わるようにキーボードの前に立つ。

 代わりにマイクを手に取ったのは当然――――


『みなさーん、こんにちはー! わたしはヨーロッパの遠いところからやってきました、留学生のエリス・ランフォードです!』


「お、おい柏崎。これ……」

「これが最後のサプライズさ」


 困惑気味の真岡のつぶやきも、自慢げな司の声も、驚愕のあまり硬直している俺には届かない。ただ、ステージ上で凛と立つエリスに視線を奪われるだけ。


『日本に来て初めての学園祭で、こんな大事な役をもらえて、本当にワクワクしてます! 精一杯がんばります! よろしくねー!!』


 手を振りながら、エリスは堂々とした宣言する。すると、一度クールダウンしていた生徒たちのテンションがまた高く上昇する。


『ありがとうございまーす! ……わたし、日本に来てまだ三カ月だけど、ここに来て……庄本高校に入れて……本当に良かったと思ってます!』


「……え」


 エリスはぎゅっと胸元で手を握る。

 そのどこか感極まったような声色に、生徒たちも何かを感じたのか、示し合わせたように再び喧噪が収まった。


『……わたしが今ホームステイしてる人たちはとっても優しくて、わたしにとっての新しい家族みたいなんです』


「…………」


『大事な友達もできました。その友達は、わたしが今日ここに立つ後押しをしてくれました。たぶん、故郷くにに帰ってからもずっと付き合いが続く親友です』


 俺は思わず、ステージ隣に設置された本部を見やる。もちろん、ここからじゃ彼女の姿がかろうじて視認できるだけで、表情などまったく見えない。


『……あと、ちょっと意地悪で口の悪い……日本語で言うと……悪友? ライバル? みたいな人もできました。その子は、わたしに全然気を遣ってくれないんです。わざとわたしがわからない難しい日本語使ったりするし。ひどいよね?』


 ちょっとシリアスになりかけた雰囲気を解きほぐそうと、エリスは茶化して笑う。観客からは「うん、それはひどいー!w」なんて合いの手がしっかり入った。


「…………」


 その当人は、あたし知らねとばかりに明後日のほうを向いていた。だが、


『……でも、わたしを特別扱いしないそんな彼女のことも、大好きです』


「………!」


 エリスのその真っ直ぐすぎる一言に、真岡は目を大きく見開く。


 俺は彼女から視線を外した。エリスの言葉に真岡がどういう感情を抱くにしても、これ以上見ないほうがいい気がしたから。


 そして―――――


『何より……日本に来たばかりで不安だったわたしに……声をかけてくれた人がいました―――――』

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