第5話⑨ 輝きは遠く

『――――――』 


 シルヴァの力強いビブラートが辺りに響き渡ると、激しかったメロディが徐々に収束し静かに終わりを迎える。

 ライブも中盤戦。ロック調のアップテンポな3曲目が終わる。すると、


「うおおおおおっ!!」


 地響きのような歓声が湧き上がった。


「シルヴァちゃーん!!」

「かわいいーー!!」

「サイコーー!!」


 あちこちから野太い声も黄色い声も聞こえてくる。

 生徒たちのボルテージも指数関数のごとく急上昇。場はすっかり暖まっていた。


 ……まあ、俺はこの手のノリにはまったくついていけないんだけどさ。

 我ながら、相も変わらず冷めていると思う。いやまあ、「僕は楽しいという感情が欠落しているんだ……」みたいな、青春小説の中二病主人公を演じているわけではないが。歌や曲自体にはちゃんと心を動かされてはいる。

 ただ―――――


「柏崎」

「……真岡?」

 

 俺とは反対側で待機していたはずの真岡が、なぜかこっちにやってきていた。


「おい、勝手に持ち場離れるなよ。まだ中盤だぞ」

「平気。さっき別の委員に交代してもらったから。後はゆっくり見てていいってさ」

「……そっか」


 それきり、俺たちの間に沈黙が下りる。さっきの電話越しの俺たちらしくない会話のせいで、気まずいというか……なんだか面映ゆい。

 しかし、だからといって真岡は俺の隣から動くつもりはないらしく、ステージを視線に捉えたまま、言った。


「何か、すごいな、これ」


 その声には、いつものローテンションで世間を斜めから見ている彼女とは違う、確かな高揚感が漂っていた。


「ああ、そうだな。小野寺さんも、エリスも、ほかのバンドメンバーも、ホントすごい。音楽のことは全然わかんねえけど、高校生でもこんな演奏できるんだな」


 俺も俺で、そんな小並な感想しか出てこなかった。


「……あたし、こういうの、いつも遠くから眺めるだけだった」

「……。……俺も、だな」


「この手のイベントで騒いでる連中、ずっとバカにしてた。どうせ上っ面だけで、こういう時だけ仲いいフリして、テンション上げてごまかしてるだけだろって」

「みなまで言わんでいいぞ。単に友達がいなくて、輪に入れないから羨ましかっただけだろ?」


 なぜわかるかって? もちろんソースがここにいるからだ。

 それをわかっている真岡は、俺をじろりと睨む。


「何それ、自己紹介?」

「同時におまえの紹介でもあるな」


 しれっとクソみたいなクソリプで返すと、真岡のその大きな瞳がスッと細くなる。

 しかし、なぜか俺への反論はそこで打ち止めとしたようで、再びステージの先へと視線を移した。この非日常の空気に、陰キャ同士の低レベルなレスバトルは野暮とでも思ったのかもしれない。

 代わりに口からこぼれだしたのは。


「でも……今日は知り合いが出てるからかな。いや、単純にパフォーマンスがすごいからかもしれないけど……。なんか、アガる」

「作家のくせに語彙力喪失してんな。だけど気持ちはわかる。一言でいうとエモい」

「おまえもじゃん」


 音楽に、生の演奏に、こういう不思議な力が秘められていることは、陰キャでも知っている。


「……ま、遠いのは今回もだけどさ」


「……でも、前よりは近いだろ?」


「……うん。……おまえは、どうなんだ?」


 真岡のその問いは、単に非リアとイベントのことを指しているわけではないことは容易に察することができて。

 誰のことを指しているのかも即座に理解できて。


「……遠いな。すごく」

「……そっか」



 そして、ステージの照明がまた一斉に落ちる。



  ×××



 ライブが始まってからの30分ほどの間に、もうすっかり日は沈んでいた。明かりが消えると、いよいよ舞台の上はここからでは視認できなくなる。

 

 10分間ほどのインターバルを挟み、4曲目が始まった。

 今度の曲のスタートはエリスの担当するキーボードから。鍵盤楽器が奏でる独特の物悲しげな音色が、一音ずつ辺りに響く。

 依然として照明はオフのまま。その観劇のような演出に、騒がしかった観客たちが徐々に静まり返っていく。


 そして、一気にメロディが加速。同時に、スポットライトが演奏者を照らした。


「――――――」


 観客たちが一斉に息を吞む。空気でわかる。

 絶世の美しさといっても差し支えない、愛らしさと凛々しさを兼ね備えた異国の少女。

 エリスはその絹の糸のような金色の髪をなびかせ、演奏のペースを速めていく。


 そのキーボードの音の流れに乗るように、ギター、ベース、ドラムと次々に音色が重ねられていく。

 そして、スポットライトがほかのバンドメンバーにも次々に当たっていき―――――


 最後に一番大きな光の柱が、舞台の中心に立つ主役を描き出した。


『――――――』


 小野寺日和が、歌う。


 さっきのハイテンションな曲とは一転、染み渡るようなバラードだ。

 バックのパブリックビューイングにシルヴァの姿が映る。

 彼女がその透明感のある歌声とともに、バラードらしい振付で手を天に伸ばすと、シルヴァもまた同じくその手を高く掲げる。


 今の小野寺さんはそのお団子ヘアーが解かれ、美しい長髪を惜しげもなく晒している。普段の可愛らしい印象とはまったく異なる大人びた雰囲気。本当にシルヴァが画面から飛び出してきたかのようだ。


 小野寺日和とシルヴァ、二人の動きが、シンクロする。


「お、おいあの子って、雑誌で見たことあるぞ! 声優の!」

「モーションキャプチャーだし同じ動きするのは当たり前だけど、見入るわー」

「あの金髪の子、ホントきれい……」

「間奏のギターの演奏、やばくない?」

「ベースもドラムもすげーって!!」



 彼女たちは今、輝いていた。

 誰よりも。

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