第5話⑦ ただ、君のための強がり
『柏崎って、エリスの前だとやたらとカッコつけてるよな――――』
真岡がギリギリと引き絞って放った言葉の矢は、見事なまでに俺の心臓の的に皆中した。
『……ひょっとして自覚ナシ?』
「……いや、別にそういうわけでもないんだが」
重ねてかけられた問いに、俺はどうにか言葉を捻り出す。
……相変わらず鋭い奴だ。だが――――
「一応、それには理由がなくもない」
『へえ? その心は?』
俺の意外な反応に興味をそそられたのか、真岡は楽しげに続きを促してくる。
俺は答えた。
「エリスはやっと日本の学校に慣れ始めたとこだろ? なのに、一応近くにいる俺が変にうじうじした姿を見せて、エリスの生活の余計なノイズになるのは避けたいんだよ」
エリスは優しい。だからだろう、彼女は俺の彩りのない孤独な学生生活を案じているような部分がある。今回の文化祭に俺を色々と巻き込もうとしたのも、そのへんの意識が関係しているに違いない。
だが、そんなの本末転倒もいいところだ。
俺のこととか、そんなマジでどうでもいいことに余計な思考を割いてほしくない。
エリスにはこの一年を楽しんでほしい。
将来、こんな1年もあったなあ、なんてクスッと思い出せるような、そんな他愛のない、だけど記憶のアルバムに確かに焼き付けるように。
それだけなんだ。
真岡は俺の回答をどう捉えたのか、やがて大きな溜息をつき、
『柏崎ってホントめんどくさいよな』
そう苦笑いを漏らした。
『気になるあの子に見栄張りたいって強がりだけならまだ可愛げもあるのに、本気でそう思い込んでるところがマジで
……そんなの、わかってるっての。
『ま、あたしはそういうのも嫌いじゃないけどな。そうやって適度に平凡に歪んでんのも青春っぽいじゃん。灰色の青春だけど』
「……そのセリフ、自分で言ってて恥ずかしくないのか?」
背中が痒くなるようなこと言ってんのおまえじゃん。青なのか灰なのかどっちだよはっきりしろよって感じだし。
……まあ、『適度に平凡に歪んでる』なんて表現はなかなか出てこないし、やっぱ上手いなと思ってしまったのは癪ではあるが。
真岡はふふっと笑うと、
『だけど、おまえのエリスに対する態度は30点。もち100点満点でだぞ』
そんなことをのたまう。
俺は「あ?」とアホのような声を上げてしまった。
『中途半端なんだよ、色々と。今の柏崎は』
「……どういうことだよ」
『自分でも気づいてるんだろ? エリスに心配かけたくないとか言ってるくせに、しょっちゅう暗い表情になってるし、それを全然誤魔化しきれてない。いや、明るい柏崎とかそれはそれで気持ち悪いけど』
「……おまえは人の悪口言ってるときはめっちゃ生き生きしてるけどな」
せめてもの抵抗。しかし、
『今だって、どうせ情けないツラしてんだろ? だからエリスはおまえを心配しちゃうんだ。やるなら徹底しろ。やせ我慢するなら貫け。男だろ?』
真岡は挑発するように、しかしどこか冷静さも含んだような声色で言った。
「―――――」
しかし俺はそんな彼女の、ジェンダー指数赤点間違いなしの言葉にも怒りが湧くことなどはなく。
「……そうだな。そうかもな」
あっさり肯定していた。事実だから。
「真岡の言う通りだ。……最近、ちょっとたるんでたかもな」
自分でも無意識のうちに、他人に甘えたい気持ちが表出していたのかもしれない。真岡にこんな相談をしていること自体がその証拠だ。
……気を引き締め直さないと。
ましてや、エリスに悟られているようでは何の意味もない。
彼女が来たあの日に、決心したことじゃないか。そんな簡単に揺らぐなよ。情けねえ。
「……ありがとな、真岡。ちょっと気合入ったよ」
『……っ』
「……真岡?」
俺が珍しく素直に礼を述べたというのに、真岡はなぜか言葉を詰まらせ、
『……バカ。ホントバカ。どんだけエリスのこと……』
「え?」
通話口から口でも離したのか、そんなどこか切々とした悪態を俺の聴覚は捉えられなかった。しかし、それも刹那の間のことで。
『……なんでもないよ。っていうか、おまえ、あたしのテキトーな話を真に受けすぎ』
「……は?」
『もっとシンプルだと思うよ、エリスは』
「……何?」
『エリスは柏崎の態度がどうかなんて関係ないってことだよ。おまえを構うのにさ。……たく、羨ましい奴だな。つーか妬ましい。爆発しろ』
「ちょ、ちょっと待てよ。な、何で―――――」
『……「何でおまえにわかるんだ」って質問なら絶対答えない。「何でおまえはそう思うんだ」って質問なら『自分の胸に聞けよ』って答える』
「は、はあ?」
どこに違いがあるんだ、それ。
『……柏崎は、どうしてエリスのためにそこまでできるんだよ? それが答えじゃないの?』
「どうしてって……」
いくらドンくさくてヘタレで、捻くれていて素直じゃない俺でも、さすがにそのくらいの答えの自覚はある。
俺はただ、エリスに笑っていてほしいからで―――――
「…………」
…………。
『……だから素直になれ、とまでは言わないけど。あたしもそういうの、すっげー苦手だし。ただ、もうちょっとだけ、ギアを緩めてみてもいいんじゃないか。おまえのあさっての努力とか、どうせエリスには無駄なんだし』
「……真岡」
「そうすりゃ、おまえの気も少しは楽になるんじゃないの。……知らないけど」
真岡はそっぽを向いた。いや見えないけど。そんな気がした。
「……さすがに、俺とエリスの重量感が同じだとは思えないけどな」
『そんなの知るかよ。あたしはエリスじゃないんだ。ましてや外国人だし、人間関係への価値観が大きく違う可能性だってある。……ただ、あたしはそう思うってだけだ」
「……うん。……やっぱありがとな、真岡」
『……わかればいいんだよ』
真岡はそうつぶやいた。
……とても寂しそうに。
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