第5話⑥ 閉ざした心、隠せない想い

『自分に都合が悪くなった途端に即切シャットアウトかよ。電話もシカトしようとしやがるし。ったく、陰キャらしい行動だな』


 電話の向こうで真岡はくつくつと笑う。


「……うるさい。今度こそ切るぞ」

『ああ、ごめんごめん。別に責めたいわけじゃないんだ。というより、あたしのせいだもんな。悪かったな、デリカシーがなくて。桐生のいるとこで言うことじゃなかった』

「……そこを気にするなら、そもそもその発言自体を心に封印しておいてほしかったけどな」


 やっぱりどこかズレてるよな、こいつ。

 しかし、真岡は俺の精一杯の皮肉に直接答えることはなく。


『でも、案外嬉しいもんだろ? こういうの。特に、おまえみたいなさみしい男子にはさ』

「は? いきなり何言ってんのおまえ」


 いやホントに。マジで。まったくわからん。作家なんだから文脈の通じない場面で主語を省略するな。


『ヘタレて逃げ出したのに、わざわざ追っかけてくれる奇特な暇人がいてさ。つまりあたしのこと』

「……あ?」


 何が言いたい。

 

『普通なら、「一回切るぞ」、なんて思わせぶりな態度を見せてみたって、誰も突っ込んでもくれないし、ましてや気にかけてなんてくれないぞ。「えっ、何コイツ構ってちゃん? めんどくさ。もう絡むの止めよ」ってフェードアウトされて終わりだ』

「おいやめろ。マジでやめろ」


 そういう意図でやったんじゃねえ。……ホントだぞ?


『特に女はそういうウザい男めっちゃ嫌がるし。でもそのくせ、女のほうはやたら「察して」アピールするし、それが許されたりする。理不尽だよな、男と女の世界って。特に柏崎みたいな非モテ側の人間には』

「……俺のトラウマを抉ろうたってそうはいかんぞ。そんなのとっくに知ってる。つーか、今回は普通におまえのせいだろうが」


 てかそのわかったような台詞、それっぽいにわか知識を適当にくっつけてみただけじゃないの?


『まあ、そりゃそうなんだけど。でもさ、じゃあ今までおまえを傷つけたような女の中に、こうやってフォローしてくれたヤツが一人でもいたのかよ?』

「…………」


 いや、おまえこれフォローのつもりなの? 辞書引いたら?


 ……なんて、揚げ足を取る気にはとてもじゃないがなれなかった。

 見事なまでに図星だったからだ。


 ちなみに、俺はこれまでの人生で女子と喧嘩など一度だってしたことはない。


 でもそれは、俺が優しいとか温厚とかというわけでは決してなく、何を言われても反論もせず顔にも出さずにどうにか我慢してきたから、という側面が大きい。「ダサい」「陰気」「空気読めない」なんてお決まりの陰口も結構あったし、「柏崎君ってなんか変わってるよねー」みたいな、何気なく面と向かってディスられたこともそれなりの頻度であった。


 まさに真岡の言う通りで、ショックを受けてます、傷ついてますアピールをしてみても、当然のごとく誰も俺を慰めてなどくれなかった。小学校の頃には気づいた真理だ。それに――――。


『桐生でさえ“そっち側”だったんじゃないの?』

「…………」


 ……こいつ、人の心を読む特殊能力とか持ってんじゃないだろうな。


 ……まあ、ともかく。

 世の中には感情を出すことがいい方向に働く人間と、そうでない人間の二種類がいる。当然、俺は後者。


 だから、いつからかそういうのは止めた。


 ……そのはずだったんだけど。


 最近……いや、正確にはエリスと出会ってから、そういう面倒な感情をどんどん隠し切れなくなっている気がする。何でだ。気持ちに蓋をして外に漏れないようにするのは、数少ない俺の特技のはずなのに。

 

 意図せずとも俺が沈黙を貫いている形になってしまうと、真岡は一瞬逡巡したような気配を通話口越しに見せる。何となくだが、バツが悪そうに頬を掻いている絵面が思い浮かんだ。


『……まあ、何だ。話が逸れたな。とにかく、その……柏崎に色々悩みがあるなら、話くらいは聞いてやろうと思ってさ』

「え」

『おまえはあたしの……その、ファン第1号だからな。このくらいはしてもバチは当たらないだろ』

「……ははっ、何だよそれ。ホントに意味不明に上から目線だよな、真岡って」


 その身勝手だけれど見え隠れする優しさに、俺は毒気が抜かれると同時に苦笑まで漏れてしまった。

 それに、実を言えば、気にかけてもらえたという事実が本当は嬉しくて仕方がなかった。それこそ、真岡の思惑通りに。


 自分ではガードが堅いつもりでも、本質的にはめちゃくちゃチョロいんだよな、俺……。


「別に悩んでるってほどじゃないけど―――――」


 俺はそう口にし始めていた。


 ×××



『……あのさ柏崎』

「……何だよ」


 そのいかにも微妙そうな反応やめろ。話せって言ったのおまえだろうが。


『なんであたしノロケ話聞かされてんだ? おかしくない? 聞くのは愚痴や悩みだったはずなんだけど』


 真岡の呆れ……というかガチ引きトーンの声が耳朶を打つ。


「おい待て。なぜそうなる」


 俺は、ついさっきステージに上がる前にエリスとした話を真岡に聞かせていた。

 たかが日本の高校の文化祭に一生懸命なエリスに、得も言われぬ妙な不安や寂寥感をずっと覚えてしまっていることを。……つまり、さっきの真岡の推察は図星であることを。


『いや、金髪の超絶美少女から「応援して」って言われたってモテ自慢しか聞こえなかったんだが。フツーにウザい』


 ……ホントは「見てて」、だったけど。

 さすがにそのまま言うのはアレな気がしたから言い換えた。


「……プロ作家だろ。そういう表面的な部分をさらっただけで終わるな。主題を捉えろ、主題を」


 俺がジト目で(見えないけど)文句を垂れると、真岡は「やれやれ、わかったよ」と嘆息した。


『じゃあ、あたしからの助言……っていうと傲慢だな。じゃあ感想で』

「……ああ」

『わりとそもそも論なんだけど』

「ん?」


『柏崎って、エリスの前だとやたらとカッコつけてるよな。そうやって無理してるから些細なことにも動揺するし、心のバランスが狂ったりするんじゃないのか?』


「――――――」


 真岡のクリティカルな指摘に、俺の返事は一拍以上遅れていた。

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