第5話⑤ On the Stage!!

 17時。

 ビーっというあの独特のブザー音とともに、ステージの幕が上がる。

 

 すっかり日が長くなった夏の夕方はまだまだ明るく、集まった群衆たちの影を長く広く伸ばす。

 そのはずなのに、空に浮かぶ雲たちがまるで場面を読んだかのように一斉に西日を遮り、一気に辺りの明度が落ちる。


 その薄暗い空間を、舞台照明から放たれるまばゆい光が切り裂いた。ステージ上に設置されたオーロラビジョンが存在感を持って浮かび上がる。


 画面に映るは、3Dで描かれた銀色の髪と長い耳を持つ少女。まるで生身の人間と錯覚するほどの滑らかで違和感のないモデリング。目を閉じ、マイクを手に持ったシルヴァをカメラが様々な角度から射抜いた。


「おおっ!」と客席のあちこちから感嘆の声が上がる。


 その二次元半のエルフの少女が静かに目を開くと、オープニング曲の前奏が始まる。ギターにドラム、ベース、そして彼女が奏でるキーボード。当然、こちらはすべて生音だ。


 まず、観客を惹きつけるインパクトが重要となる最初の曲。

 彼女たちのチョイスは、夏と言えばこれ、というくらいに世代を問わず知られた名曲だった。イントロだけでピンとくる者も多いはず。年代的なものだろうか、観客席にいる生徒たちよりも、教師席や来賓席のほうがざわついている気がする。


 勢いよくかき鳴られたリードギターがメインの旋律を引っ張る。ベースの低音とドラムの打音、キーボードの和音が王道のメロディに花を添える。

 そして。


『――――――』


 シルヴァの、小野寺日和の第一声。


 わあっと客席から歓声がこだました。

 その歌い出しだけで、観客たちを一気に非日常の世界へと誘う。


 普段の可愛らしく、どことなくあざとい彼女のそれではなく、シルヴァの大人びたビジュアルにマッチした、透明感のある凛とした歌声。それでいて、伸びやかで、声優らしい迫力のある力強い調べ。


 つかみは完璧、といったところか。


 観衆のボルテージが少しずつ上昇していく。熱気が辺りを覆っていく。


 そして、俺にとっても。

 一生忘れることができないであろう、長くて短い1時間が始まった。



  ×××



 開演の直前。


「はい、観覧席はこちらでーす! もっと奥にお願いしまーす!」


 俺は慣れない大声を張り上げながら、誘導灯代わりに赤いサイリウムを振る。

 桐生や会長の言っていた通り、すでにこのライブはかなりネットで話題になっているようで、次々と人が溢れてきていた。


「シルヴァの中の人が生で見られるってマ?」

「絶対プロだよなー、中の人」

「いや、プロなら顔出しなんてしねーべ。騒ぎになるだろ?」


 とか、


「ねえねえ、セトリ見た?」

「見た見た! 『遠い放課後』がトリなんでしょ? いい曲だよねー」

「うんうん。あのライブ、感動したなあ。あの時、大好きな先輩がいたから歌詞がすっごく刺さったの、よく覚えてる」

「うわあ、ガチ青春かよー」

「……まあ、その先輩にはフラれちゃったんだけどね」

「そこまで含めてチョー青春じゃんかよー」


 といった会話が耳に入ってくる。


『どんどん人増えてくるな……。あたし、人ごみって苦手なんだけど……。リア充どもが多くてウザいし』


 右耳にセットしていたインカムの向こうで、真岡が気だるげにぼやく。彼女は俺とは反対側で誘導に当たっていた。


『開演10分前の時点で来場者が900人を超えたわ。全校生徒の数以上ね』


 ステージの隣にある運営本部から、桐生が現状を軽く報告してきた。


「マジかよ。小さな箱のライブ並みじゃねえか」


 思わず驚きが漏れてしまう。すげーとしか言いようがない。小野寺さんも、司も。

 そしてエリスも。

 いや、彼女がそれを見せるのはこれからなんだけど。


 ……すごいところ、か……。


『予定通り、ライブの中盤には、エリスや小野寺さんたちがステージにいきなり登場するサプライズが入るわ。もちろん盛り上がりを止める必要はないけど、騒ぎすぎて怪我人なんかが出ないように周りには気を配ってね』

『えー、あたしたちがそこまでやんのかよ』

『真岡さんは途中からずっとサボり気味だったんだから、このくらい協力しなさいよ』

『……チッ、ホント口うるさいな桐生は。委員長属性め』

『……聞こえてるわよ』

『いや、隠すつもりないし』

『……ああそうだ、真岡さん。さっきの話の続き、後で詳しく聞かせてもらうから。……エリスと一緒にね』

『ちょ、ちょっと待てよ! それは卑怯だろ!?』


「…………」


 なんて二人の電波越しの空中戦はほとんど耳に入っていなかった。


『……悠君? どうしたの? ちゃんと聞こえてる?』

「ん? あ、ああ……」


 いかんいかん、またしても思考の迷路に取り込まれるところだった。


『大丈夫? ひょっとして疲れてる? 飲み物でも持っていこうか?』

「い、いや平気だ。悪い」

『そう? ならいいけど……。無理はしないでね。悠君はずっと頑張ってたんだし』

『何だ、そのあたしとの態度の違い……』


 いまだに心配をする桐生に対し、真岡は『はあ……』とインカム越しでもはっきり聞こえるくらいわざとらしい溜息をつく。


『違うぞ、桐生。柏崎はエリスがステージに上がることにモヤついてんだよ。ますます人気者になっちゃったら、どんどん遠いところに行っちゃったらどうしよう、ってさ』


 心臓が跳ねた。


「……違うっての。勝手に決めつけんな」

『……隠せてないぞ。ホント、意外とわかりやすいよな、おまえ』


 慌てて反論してみたが、声の裏側にある動揺を悟られたようで、まったく効果がない。


『……悠君』

「……悪い。また人が増えてきた。一回切るぞ」


 二人にこれ以上心の奥底を覗かれなくて、俺はとっさに逃げの一手を打っていた。

 しかし。


 プルルルルと、今度は携帯の着信音が鳴る。

 画面に表示された名前を見て、俺は大きな溜息をつく。


 プルルルル。

 しばらく無視。だが、


 プルルルル。

 なかなか鳴り止まず。

 

 プルルルル。

 ……おい。


 ああ、もう!!


「何だよ! しつこいぞ、真岡!」


『おお、やっと出た。だって、柏崎がいきなり逃げるからさ。マイク切りやがるし』


 さっきのことはどこ吹く風。真岡葵はまったく悪びれることなく言いのけた。

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