第5話② 混戦模様?

「先輩、来てくれたんですね! お疲れ様です!」


 手を振りながらこちらにやってきた小野寺さんは、ビシッと敬礼するようなポーズをしてみせる。エリスと同じく、学校の制服をアレンジしたようなライブ衣装を身に纏っていた。

 俺も「こっちこそお疲れ様です」と、軽く会釈する。彼女はどうも仕事的なノリで話しかけてくるので、俺もこんな対応になってしまう。


「……とは言っても、小野寺さんのライブの手伝いをするのは今知ったとこだけど」

「すみません。小笠原先輩が効果的なアピールをし続けてくれたみたいで、ものすごく人が集まりそうな雰囲気なんですよ」

「言っておくけど、『声優、小野寺日和ひより』については僕は一言だって触れてないよ? それでこの人気だもんねえ」

「それは私だけの力じゃありません。小笠原先輩のプロデュースもすごいですし、何より、『黒羊くろひつじ』さんのデザインが素晴らしいから」

「ありがと。僕からも彼女にお礼を言っておくよ。きっとすごく喜ぶ」

「小野寺さんの……いや、シルヴァの声も今日そこら中のスピーカーから流れてたもんな」


 シルヴァはあくまで司のチームが作ったVtuberであり、公式でも何でもないのだが、その話題性からいつのまにか杜和祭のオフィシャルキャラクターのような扱いになっていた。今日も、イベントの告知とか注意事項の説明とかも、シルヴァの口からアナウンスされていた。


「ところで柏崎先輩」

「ん?」

「これ、どうですか? 今日のこの衣装、可愛くないですか?」


 小野寺さんは衣装をよく見せるように軽く手を広げた。基本的にはエリスと同じものである。しかし、エリスの小物は青が基調になっているのに対し、小野寺さんのネクタイやシュシュは赤で統一されていた。メンバーごとにイメージカラーが決まっているって感じか。戦隊ものみたいに。

 ライブの主旨からして、小野寺さんがセンターだろうから赤になったんだろう。


「えっと……」


 今時の声優はみんな美人ばかり。彼女またその例外ではなく。

 

「……うん、似合ってる。特にその小さい帽子とか可愛いと思うよ」


 俺が羞恥に耐え、視線を逸らしつつどうにかそう述べると、


「ふふっ、ありがとうございます。先輩って、意外とちゃんと口に出して褒めてくれるんですね。それから、ただ適当に褒めるだけじゃなくて、具体的にどこがと言及してくれるのも結構ポイント高いです」


 小野寺さんはやけに嬉しそうに微笑んだ。

 俺はその光属性を直視できず、


「うっ……あざとい……これが人気商売ってやつか……」

「えっ?」

「……あ、や、そ、それを言うなら、小野寺さんもじゃないか?」

「? どういう意味ですか?」

「そうやって素直に誉め言葉を受け取ってくれるのも、男からしたらホッとできるってことだよ。男がこういうのが苦手なのって、女子側のリアクションを怖いからって部分もあるし。褒めてーとか言っておいて、実際そうしてみたら露骨に引くとかさ」


 特に俺みたいな陰キャが一番傷つくのは、『A君なら嬉しいけどB君だとキモい』ってヤツである。俺がA君になる世界線は存在しないし。

 だが、少なくとも小野寺さんは『A君でもB君でも(表面上は)嬉しい』と言ってくれるタイプではあるらしい。もちろん心中は知らん。


「……! え、えっと……」


 動揺を隠そうと無理やり言葉を重ねた俺が言うのもあれだが、なぜか小野寺さんもわずかに狼狽し、小さく咳払いをした。


「わ、私は声優です。だから、人に愛想を振りまくのも仕事のうちなんですよ? そんな無闇に好感度を下げるような真似しませんって」

「そういう発言なんだよなあ……」


 とはいえ、やはり初対面の印象の通り、彼女は相当強かな一面も持ち合わせているようだ。まあ、そうでなければ声優なんて仕事はやれないだろうが。


 ぶるり。


 その瞬間、なぜか俺の背筋にぞわぞわっと強烈な怖気が襲った。この暑さなのにもかかわらず、だ。補足しておくと、俺は霊媒体質でもないし、霊感だって1ミクロンたりともない。

 おそるおそる背後を振り返ると、目かられいとうビームでも放ちそうな氷点下の視線が三つ。


「「「…………」」」


 いつかの美夏さんの時と同様、すぐにでもアイドルユニットとしてこのままステージに立てそうな美少女三人娘が、揃いも揃って俺を睨みつけていた。


「……やっぱり面食いじゃないなんて嘘じゃない? デレデレしすぎ」

「その媚びた口調がキャラ違いすぎてマジでキモい……」


 と、まず桐生と真岡の罵倒から始まって。


「つーか、さっきあれだけあたしが押したのにすぐさま別の女を褒めちぎるとか……」

「何よ、私と写真撮る時はあんなに拒否してたくせに……」


 次に二人はぼそぼそと何かを口走り、


「「…………」」


 そして互いに顔を見合わせ、


「真岡さん、やっぱり何かあったのね。“押し倒した”って聞こえたけど。いくら事前に話を通したからって守らなきゃいけないラインはあるんじゃないかしら?」

「桐生こそ。あたしが言った通り典型的な嫌な女ムーブかましてたんだな。てか、わざとらしく聞き間違えんな」


 最終的にプロレスを始めた。ちなみに俺は途中から内容を聞いていない。なぜなら、


「悠斗―?」


 そのマウンティングにかまけている二人よりも、ずっと怖い笑顔が俺の眼前に差し迫っていたからである。


「いやぁ、本当に混戦模様だねえ」


 司の楽しげな声がどこか遠くに聞こえた。

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