第5話① 1日目、終演の始まり

「つ、疲れた……。す、少し休もうぜ」

「……まったく、ホントだらしないな、柏崎は」


 休憩広場のベンチでぐったりする俺に、真岡は呆れた笑いを漏らし、俺から少し距離を開けた先で腰を下ろした。

 結局、件のお化け屋敷は度重なる苦難に見舞われながら(ほぼ俺が)、どうにかこうにかクリア。その後もいくつか出し物を回って今に至る。

 俺はあらかじめ買っておいたペットボトルのお茶でのどを潤す。ゴクゴク……ふう、生き返るわー。


「……それで、次、どうする? 他に行きたいところとかあるか?」

「ん、えっと、そうだな……」


 俺がおっかなびっくり尋ねると、真岡も引きずられたようにもにょもにょと言葉を濁す。


「…………」

「…………」


 ……か、会話が続かない。


 あれから、俺たちは何となく示し合わせるように、体験型ガンシューティング(真岡のチョイス)とか、ミニ四駆工作会(俺の趣味)とか、フリースローチャレンジ(二人ともまるでダメ)とか、会話がなくても気にならないような体や手足を動かすタイプのアトラクションを選んでいた。最初のお化け屋敷も、ビビりまくっていた俺がぎゃあぎゃあ騒いではいたものの、真岡が俺の手を取ることはもうなかった。


 今もまた、俺と彼女の間には不自然な隙間ができている。

 き、気まずい……。まさか真岡とこんな雰囲気になっちまうなんて……。


 そんな緊張感のせいか俺が呼吸困難に陥っていると、不意にマナーモードにしていたスマホが震える。ポケットから取り出して画面に目を落とすと、ある人からLINE越しに通話が入っていた。


「どうした、電話か?」

「あ、ああ」

「柏崎でも電話が鳴ることがあるのかよ。ぼっちの風上に置けないな」

「……やかましいぞ」

「……エリス?」

「いんや、違う」

「……じゃあ桐生?」

「それも違うな」

「……じゃあ女?」

「……な、なんで急に対象範囲広げんだよ」

「ふーん、否定しないのか。ふーん……」

「……な、何が言いたいんだよ」

「別に出りゃあいいじゃん。あたし何にも言ってないけど」


 とか、どうにも形容しがたい微妙な会話の往復を挟みつつ。

 俺は溜息をつき、スマホをスワイプさせる。

 

「はい、もしもし」

『もしもし、柏崎くん?』

「ええ、そうです。どうしたんですか?」


 相手は高梨会長だった。準備委員のグループメンバーから俺を見つけて連絡してきたようだ。


『突然ごめんね。ちょっと急な仕事が出てきたの。申し訳ないんだけど、今から手伝ってもらえないかしら?』

「手伝い、ですか? 俺は別に構わないですけど……」


 俺が真岡に目線だけで合図を送ると、ぶつくさ言っていた彼女もどうやら会話の内容を察したようで、「いいぞ」と小さく口を動かした。

 だが、会長はまるでその様子をどこかで見ているかのように言った。


『ええ、真岡さんも一緒よね? せっかくのデートを邪魔しちゃって悪いとは思ってるわ。でも、できれば二人して来てほしいの。一人でも多くの人出が必要になっちゃったから』

「…………」


 今度は、デートという単語にあれこれ言う気になれなかった。

 代わりにこう答える。 


「大丈夫です。行きます」 



 ×××



「悠斗! 来てくれたんだ!」

「え? エリス?」


 俺と真岡は、高梨会長に指示された場所であるメインステージ裏の準備ブースに直行する。すると、なぜかこの場にいるエリスが慌てて駆け寄ってきた。すぐ後ろに桐生もいる。


「エリス……」

「? どうしたの、悠斗?」

「……いや、何でもないよ」


 かぶりを振る。エリスのいつもの明るい笑顔が見られて、俺はやけにホッとしていた。あの野郎にあんなことを言われたからかもしれない。


「葵もありがと。ごめんね、せっかく二人のデートだったのに」


 エリスが申し訳なさそうに謝ると、真岡はぷいっと顔をそむけた。


「……別にいいよ。そろそろ解散するかって時間だったし。つーかちょうど良かったし……」

「?」


 真岡がぼそりと何かをつぶやくと、エリスはまたしてもはてなと首を傾げる。その真岡の不自然な態度に何かを感じたのか、桐生が訝しげに続けた。


「……あれから何かあったの? 真岡さん」

「……別に何も」


 桐生のどこか棘のある追及に、真岡は気まずそうに視線を外した。

 ……本当にどうしたってんだこいつら。

 

 ……とにかく、この空気が続くのはまずい。色々とよろしくない。

 俺は二人から逃げるようにエリスに話題を振る。


「それより、生徒会の桐生はともかく、なんでエリスまでここに? ていうか、その格好……」

「えへへ。どうかな? 似合う?」


 エリスはくるりと可愛らしくターンしてみせた。

 一見、うちの学生服のように見えるが、やたらとラメが入ったブレザーに大きなブルーのネクタイ。いつもより短くても平気そうなチェックのキュロットスカート。両手首にはネクタイと同じ色のシュシュ。とにかく派手だった。


「それ、ひょっとしてライブの衣装かなんかか?」

「うん、そうなんだ! 実はね……」


「僕がピンチヒッターを頼んだんだ」

「……司?」


 さらに、俺の幼なじみにして童顔のオタクインフルエンサー、小笠原司までが顔を出した。


「ピンチヒッター? 何の?」

「これから僕らのチームの一番の見せ場……シルヴァのライブの時間なんだけど、キーボードの子が急に体調悪くなっちゃってさ。代役を探してたら、千秋を通じてエリスさんが手を挙げてくれたんだよ」

「エリスが?」

「そうなの! 明日の演劇の準備はバッチリだし、こういうのもやってみたかったんだ!」


 エリスは得意げに腰に手を当て、胸を張る。本当に楽しそうに。

 桐生が事情をかいつまんで説明してくれる。


「そのライブがSNSでかなり話題になってて、事前の予想よりすごく人が集まりそうなのよ。だから、悠君と真岡さんには準備委員としてお客さんの案内や誘導を手伝ってほしいの」

「なるほど、そういうことだったか。でも、シルヴァってことは……」


 このライブの主役は。


「柏崎先輩! 待ってましたよー!」


 これから一気にスターダムにのし上がりそうな予感がビシバシとするJK声優、小野寺日和である。

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