第3話③ デート(二人目)

 というわけで、俺たちはお腹と背中がくっつきそうな空腹を満たそうと、校庭の一角で開催されているフードコーナーにやってきた。いわゆる祭りの出店のイメージしてもらえればいいだろう。焼きそばやたこ焼きといったオーソドックスなものから、埼玉はじめとする全国各地のご当地グルメ、学生チームが企画したと思われるネタ的なイロモノメニューまで、さまざまな店が雑多に並んでいる。客も学生や家族連れで賑わっていた。

 ……ここも高校の文化祭のレベルじゃねえな。


「へー、結構色んなのがあるんだな。去年はまったく近寄らなかったから知らなかった」

「右に同じく」


 額に横手を当てながら辺りを見回し感心する真岡、それに何一つ異論をはさむことなく同意する俺。『立ち寄らなかった』ではなく、『近寄らなかった』というのが実に俺たちらしい。

 まあぼっちでこんなとこに来てもな……。キャッキャウフフしてるリア充どもに殺意が湧くだけだ。


「それで何にする?」

「俺は別に何でも……」

  

 いい、と女子と二人で回るには0点と採点されてもおかしくない返答をしようとしたところで、赤い提灯を付けた一つの出店が俺の目に入った。


「どうしたんだ?」

「あ、いや……」


 気にはなったが、今日この場には相応しくないと思って視線を切る。

 だが、俺のその行動こそが真岡の気を引いたらしく、彼女は首を伸ばして俺が見ていた視線の先を追った。そして合点がいったようにくすっと笑う。


「何だ、ラーメンかよ。いかにも高校生男子って感じだな」

「や、今日はさすがに……」

「まあいいや。あそこにしよっか。食べたいんだろ?」

「……へ? いいのか?」

「え? むしろ何でダメなんだ?」


 真岡はキョトンと首を傾げる。珍しく、やたらと可愛らしい仕草だ。


「だ、だってな……」


 俺がもごもごと言葉を紡げないでいると、真岡はピンときたように「ははーん」と軽く手を叩いた。


「わかったぞ、柏崎。『女を誘うのにラーメンなんて……』とか、いかにもデート初心者みたいなこと考えてたんだろ?」

「なっ……! ち、ちげーし!」

「図星かよ」


 真岡はくっくっくと意地悪そうに笑う。


「お、俺の意見じゃねえよ。ただクラスの女子がそんな話してたのを思い出しただけだ。それにおまえの小説でだって、ラーメン屋行くかどうかで主人公たちが喧嘩してたシーンあったじゃんか。だから……」


 おまえもそういうのを気にするタイプかと思ったんだよ。


「そりゃ”初デート”のシーンだっただろ。それにラーメン屋自体が問題なんじゃなくて、最初のデートでムードのないチョイスをされたことに主人公が怒ったんであってだな……。まあ、あくまでそいつの話……フィクションってだけだし、そもそもあたしはメシ食べる場所一つであれこれ文句言うようなめんどくさい女じゃないけどな」


 嘘つけ。おまえも十分すぎるほどめんどくさいヤツだろ。方向性は違うかもしれないけど。


「つーか」

「あ?」


 真岡はますます嫌な笑みを深くする。


「そうかそうか。つまり柏崎は、今あたしとデートしてるつもりでいるわけか。それで妙に意識しちゃってると」

「そ、そんなんじゃねーし」


 俺はからかってくる真岡の表情をまともに見れず、熱を持った顔を思わずそむけてしまう。

 ……俺だって、もともとそんな意識は全然なかったんだ。なのに、さっきからおまえがらしくない発言を連発してくるからじゃないか。

 真岡は回り込むように俺の顔を覗き込んで、


「普段スカしてるくせに、意外と可愛いところもあるじゃん。ギャップ萌えってありきたりだけどやっぱ大事だな。うんうん、参考になる。顔以外は」

「……うるさいな」


 顔面をディスるのはやめろ。マジで傷つくんだからな。あと言葉のチョイスが古い。


「ま、実際、女だってどこに行くかよりも、誰と行くかのほうがはるかに重要だと思うぞ。気のない相手なら高級レストランだって普通にイヤだし行きたくないし。そのクラスの女も、誘われた男のことなんて好きでも何でもなかったんじゃないか?」

「フォローになってないんだよなあ……」


 俺みたいなダメ野郎はともかく、世の男子はそれなりに気合い入れてデートコースを考えたりしているはずだ。それを散々揺さぶりをかけた挙句、『好きな人とだったらどこでもいい(=そうじゃないヤツはどこだろうと嫌だ)』って……。


 自分のことじゃないのに、やたらと心がザクザクと切り刻まれる。何なんだろうね、これ。

 俺がそんな胸の痛みにギュッと堪えていると、真岡は苦笑しながら話題を切り替えた。


「とにかく、あたしはラーメンでいいよ……っていうか賛成。見た感じ、うちの学校の出し物じゃなくて外部の業者が出店してるみたいだしな。味もうまいかもしれないぞ」


 それは俺も気になっていたところだ。あの暖簾は近くの商店街で結構有名なラーメン屋だったはず。出張開店でもしているのかもしれない。


「……まあ、真岡がいいって言うんならそうするか」

「自分が食いたいくせに。素直じゃないヤツ」


 真岡は呆れたように肩をすくめると、


「それにな、柏崎」

「……今度は何だよ」


「あたしはおまえとなら何だっていいさ。これはホント」


 本当に楽しそうに微笑んだ。

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