第3話② 真岡葵の嘘と本音

「悪い、待たせちまったか?」


 開口一番に俺が詫びを入れると、真岡は「いいや」とかぶりを振った。


「別に待ってた時間自体は大したことなかったんだけど。その間にちょこちょこナンパされてウザかったな。あたしのこと知らないからだろうけど、特に他校の男どもが調子に乗って馴れ馴れしくしてきてさ」

「…………」


 おい、これどういうリアクションすりゃあいいんだよ。そんな短い時間でもモテまくりですげーですね、とでも感心すればいいのか?


「でも、いつもより断りやすかったし。柏崎でも役に立つんだな」

「はあ? 断りやすい?」

「『悪いけど、男と待ち合わせしてるとこなんだ』って言ったら、どいつもこいつもわりと素直に引き下がってったよ。まあ、連中も相手がこんな冴えないヤツだとは思ってないだろうけど」

「……もう帰っていい?」

「冗談だって。そんなに落ち込むなよ」


 真岡はニカっと笑う。

 その容赦ない減らず口と屈託のない笑顔に、俺は内心胸を撫で下ろす。


 ……良かった、今日の真岡はいつも通りだ。

 この間の『俺を誘う』宣言もそうだし、その前も、最近は何だか思い詰めたような顔をよく見かけた気がするから。


 と、そう思ったのに。

 

「それで? 今日はどうするんだ?」

「え?」

「何だよ。今日、あたしとどこを回るかとか、全然考えてくれてないのか?」

「ちょ、ちょっと待てよ」


 誘ってきたのおまえじゃんか。それに今日は取材じゃなかったのかよ。

 露骨に動揺してしまっている俺をよそに、真岡はあっけらかんと続けた。


「それとも、明日エリスをどうエスコートするかで頭一杯で、あたしのことは忘れてた?」

「なっ……」


 呼吸が、止まった。

 まるで標高3,000メートル山頂に放置でもされたかのように、空気が薄くて、息苦しい。酸素が身体に入ってこない。

 もちろん、真岡の言った事が図星だったからではない。さすがに忘れるはずがない。


「どうなんだよ? 柏崎」

「…………」


 今の俺は、一体どんな表情をしているのだろうか。全然わからない。想像がつかない。上手く像を結んでくれない。

 だが、いま目の前にいる彼女の瞳に映っていることだけは間違いなく。


 真岡はやれやれと軽く肩をすくめた。


「なーんてな。これもジョークだよ。柏崎みたいな非モテ野郎にそんな期待してないって」

「……おまえな」


 まったく面白くねえぞ。

 それに。


「……なんか真岡にそういう女子っぽい発言されるとやたらヒヤヒヤするんだが」

「へーへー。どうせあたしは女らしくないよ」

「……そういう意味じゃなくて」

「ん?」

「あ、いや……」


 俺は言葉を濁す。


 だって、なんか真岡じゃないみたいで。

 そうやって他人を、男を試すような口ぶりに違和感が拭えなくて。


 それとも、普通の男なら、リア充なら、こんな会話にも胸をときめかすことができるのだろうか。年頃の思春期の男女のちょっとした駆け引きとして、むず痒い気持ちになれたりするのだろうか。


 こんな真岡はあまり見たくなかった、なんて感じてしまうのは、俺が女心を解せない非モテ野郎だからなんだろうか。

 こういう発言を普段しないからこそ信頼できる奴なんだ、なんて思ってしまうのは俺の理想の押しつけなんだろうか。


 またしても、俺は自分の表情がわからない。

 しかし、俺を視界に捉えている真岡は困ったように苦笑した。


「だからそんな傷ついた顔するなって。悪かったよ。これもちょっとした取材ってところだ。ここでネタばらしな」

「……取材?」


 俺、どんな顔してたんだよ……?


「ああ。取材っていうかシミュレーション? みたいなもんだ。これからはこういう生々しい会話も登場人物たちにさせられるようになりたいと思ってさ。引き出しはどんどん増やしたほうがいいだろ? プロになる以上は」


 はあ……何だよ。


「……そういうことかよ。びっくりしたぜ。いやわりとマジで」


 俺は胸に手を置いて大きく息を吐いた。久しぶりに新鮮な空気が肺に入ってくる。


「決まってるじゃないか。あたしがシラフでこんな真似できるわけないだろ。THE・女子の桐生じゃあるまいし」

「あいつが聞いたら怒るぞ……」


 それに、最近思うようになったことだが、桐生も意外とこういうのは得意じゃない気がする。このところのあいつのリアクションとか見てると。


「なんか安心したら急に腹減ってきちまった。もう昼飯食っちゃったか?」


 今のカロリーを無駄に浪費する会話のせいか、さっき食べたばかりのチョコレートケーキはとっくに胃袋から消えていた。


「いや、あたしもまだだけど」

「じゃあ、まず腹ごしらえしようぜ。デビュー直前祝いだ。奢ってやるよ」

「え? いいのか?」


 真岡は「あれだけからかってやったのに。ホントお人好しなヤツ」とかなんとかブツブツ言っている。

 そう思うなら最初からやめておいて欲しかったんだが……。


「まあ、そこは元からそのつもりだったしな。別にメシだけじゃなくてその後もさ。今日一日は俺が出すよ」

「……おまえもよくわかんないとこでサラっとかっこつけるよな……。つーか、あんまり財布すぐ出すと女からATM扱いされるから気をつけろよ? 柏崎ってすぐに騙されそうだし。……いや、違うな。騙されてるとわかってても尽くしちゃう、って感じ?」

「おいやめろ」


 なんて、やっといつもの会話のドッジボールのリズムが出てきたところで。


「でも……ありがとな。嬉しいよ、柏崎」


 真岡はようやく柔らかい微笑みを見せてくれた。


「……おう」


 俺はなんか照れ臭くなって、


「じゃ、じゃあとりあえず出店にでも行ってみようぜ?」


 真岡から背を向けて歩き出した。



「……やっぱり、おまえはあたしにそういうの、求めてないんだよな……。でも、あたしは……」

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