第3話① 油断ならない生徒会長
「では特に問題はなかったということね。わかったわ。ありがとう、柏崎くん」
「いえ、仕事ですし。このくらいなら大したことありません」
ここは、特別棟の視聴覚室内に設置された文化祭の運営本部。
俺は午前中の見回りの結果について、高梨会長へ報告に訪れていた。
さすがは県内有数の進学校。みな高揚感には包まれているものの、極端に馬鹿をやらかすような不届き者は今のところ現れていない。まあ、祭りは始まったばかりだし、メインは二日目の後半、エリスの演劇辺りからだ。そこから体育館のメインステージの演目が有力なチームばかりになり、後夜祭にかけてクライマックスに向かっていく流れになっている。まだまだ仕事は終わっちゃいない。
「それじゃあすみませんが、俺は自由時間に入ります」
「ええ、いいわよ。せっかくの機会だし、存分に楽しんでいらっしゃい」
「……善処します」
思わず言葉を濁してしまったのは、どう考えても俺がこういう学校行事を楽しめないタイプだからなのは言うまでもないだろう。遠足でも文化祭でも修学旅行でも何でもそうだが、陰キャはとにかく自由時間というものが苦手だ。体育の時間の『はい、二人組つくってー!』の次くらいに苦手だ。
俺は軽く会釈をしてから、そそくさと彼女に背を向ける。
と思ったら、聞き捨てならない言葉が背後から飛んできた。
「真岡さんとのデートをね」
「!?」
間抜けな悲鳴が漏れそうになるのを必死に堪え、俺は慌てて振り返る。
俺がよっぽど変顔をしていたのか、会長はぷっと小さく吹き出した。
「柏崎くんも案外わかりやすいのね。もっとクールな子だと思ってたけど」
「会長、ひょっとしてその話……」
桐生から聞いたんですか、と問い質しそうになると、彼女は先回りするように首を振った。
「別に誰かから聞いたわけじゃないわ。単純に、ついさっき報告に来た真岡さんにカマかけけてみただけよ。どう見ても浮かれてる感じだったから、ちょっとつついてみたらすぐにボロ出しちゃったわよ」
「さいですか……」
その際の真岡のリアクションがよぼど面白かったのだろう、高梨会長は「うふふっ」と悪戯めいた思い出し笑いをしてみせる。俺も、明らかな不機嫌モードになっている真岡の姿は容易に想像がつく。あいつはからかわれたりすると、周囲の空気が悪くなろうがお構いなしに本気で怒るタイプだ。ぼっちなのも頷ける。
……まあ、その媚びない姿勢が羨ましくもあるんだけど。
エリスもそうだが、彼女たちには自分を支える芯みたいなものがしっかりと根付いている。だから、そう簡単に周囲に流されたり、過剰に顔色を窺ったりしない。俺みたいに、何となく孤高を気取っているブレブレ野郎とは根本的に違うのだ。
……それから、真岡が『浮かれていた』という事実に関しては深く追求しないでおこう。
というか、やはり会長は一筋縄ではいかない人だ。
「大丈夫、千秋には黙っててあげるから」
そう言ってあざとくウインクする彼女。ほら、やっぱり油断できねえ。
「別にあいつも知ってますから、隠す必要ないですよ」
「あらそうなの、つまらないわね。あっ、そうそう、千秋で思い出したんだけど、明日は美夏先輩も来てくれるそうね?」
「はい。まあ、一番の目当てはエリスの演劇みたいですけどね。もしよければ、美夏さんにここに顔を出すように伝えておきますけど」
つまらない……。さらりと放たれた不穏な単語は聞き流す。
「ありがとう、お願いできる? 私も私で連絡はしておくけど、柏崎くんからもうひと押ししてもらえると助かるわ。美夏先輩、そのあたり大らかだったりするし」
「ああ、それわかります」
何もかもキッチリしていないと気が済まない妹と違い、美夏さんは結構いい加減でルーズなところがある。まあ、そこもあの人の大きな魅力でもあるのだが。
「でも、やっぱり柏崎くんは油断ならないわね。あの、うちのカリスマだった美夏先輩とそんな近しい関係だったなんて。当時の男子たちの恨みを買うこと間違いなしね」
高梨会長はその編まれたローツインテールを指でもてあそびながら、おかしそうに言った。
「怖い事言わないでくださいよ。それに、別にそういうんじゃ……。家が隣だっただけですって。小学校なら近所の子と一緒に班登校とかあったでしょ?」
つーか、ここにきて美夏さんの存在感がヤバい。あと『やっぱり』って、副詞の使い方間違ってませんかね?
「だけど、条件は同じ千秋とは疎遠になってしまって、美夏先輩とはそうじゃないんでしょう?」
「それはそうなんですけど……」
この辺は本人たちの性格、そして美夏さんとは年が4つも離れている、という点が大きいだろう。やはり同級生だからこそ色々と難しかった部分がある。特に、俺と桐生は。
「というか会長も、あんまり美夏さん相手にはしゃぎすぎると、桐生が拗ねますよ」
「……! ふーん、へー……」
「……何ですか、その意味深な笑いは」
「柏崎くん、千秋の”そういうところ”、ちゃんとわかってるんだ? ふふっ、やっぱり幼なじみって羨ましいわ。自分を理解してくれる男の子がこんな身近にいるんだもの」
「……何のことですかね?」
すっとぼけた。
「今後の展開が楽しみね」
……やっぱり、油断ならない。
×××
そして約束の13時。真岡から待ち合わせ場所に指定されていた校門にたどり着く。
すると、すっかり青々とした桜の木に背を預け、スカートのポケットに片手を突っ込んだまま、スマホをいじっている真岡がいた。
その気だるげな立ち姿は、明らかに不良系ダウナー女子にしか見えないのだが、スラリとした格好いいスタイルと、そよぐ夏風が揺らす絹のような黒髪も相まって、美しいオーラがまったく隠し切れていない。
(知ってたけど、真岡も超絶美人だよな……)
俺はそんな今さらすぎる感想を胸に秘めつつ、気持ち足早に彼女の元へ駆け寄る。
やや急いでいたせいか、俺の呼吸は少し荒くなっていた。……そのせい、だよな?
「真岡」
「おっ、柏崎」
俺の姿に気づくなり、真岡はスマホをポケットに入れ、「よっ」と軽く手を上げた。
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