第2話⑪ 桐生千秋 その5


「それじゃあ、高梨会長への見回りの報告は俺がしておくから。俺はそのまま自由時間に入るぞ」

「うん、了解よ。頼んだわ。ありがとう、悠君」


 なんやかんやで桐生や恭弥と話し込んでしまい、時刻はすでにお昼過ぎ。次の真岡との約束の13時が迫っていた。

 はっきり言ってチョコレートケーキ一つでは、健全なDKの空腹はまったく満たされなかったが、それは真岡と合流した後に出店で買い食いでもすればいいだろう。


 そういや、昼メシどうすんのかって全然相談してなかったな。あいつは食べてから来るんだろうか。こういう時、普通はどうするのが正解なのか、経験値がゼロに等しい俺にはまったくわからない。


 ……まあ、あんまり意識しすぎてもアレだしな。それに、仲がいいかと言われるとかなり微妙だが、なんだかんだで半年以上、それなりの頻度で顔を合わせている相手だ。エリスほど緊張することも、桐生ほど身構えることもない。

 気楽に行こう。自分にそう言い聞かせる。


「恭弥もサンキュな。コーヒーうまかったよ」

「おう。ま、俺が作ったもんじゃないけどな」

「それから、客の応対には多少課題があったって報告しといてやるよ」

「おい……。むしろ、お客様の健気なニーズに柔軟に対応した店だって、ポイント加算してほしいくらいなんだけど」

「はあ?」

「恭弥、それ以上口が過ぎるとお姉ちゃんにあれこれ吹き込むわよ。この間の手出し疑惑とか」

「やめろよ!? だからそれは濡れ衣だって言ってんだろうが!?」

「……?」


 よくわからん二人のやりとりに俺は首を傾げる。

 まあいいか。俺とは比べ物にならないくらい人付き合いの輪が広くて、異性にもモテるこいつらのことだ。俺のあずかり知らぬところで色々と青春してるんだろう。


「じゃあ、また後でな」

「ええ。明日、エリスの演劇でね」

「おう。ま、せいぜい頑張れよ」

「……何を頑張るんだよ」


 俺は最後の恭弥の捨て台詞に呆れつつ、執事喫茶を後にした。


 

 ~Interlude~


「ふふっ」


 悠斗の背中を見送った千秋はスマホを懐から取り出し、自分と悠斗が写り込んだ画面を見て微笑む。

 悠斗の肩に手を置く(押さえつける)自分。やや困惑気味な彼の表情。色気のある写真とはお世辞にも言えないが、これはこれで文化祭らしいドタバタ感が出ていて悪くない。

 むしろ、今の自分たちはこれくらいでいい気がする。


「何ニヤニヤしてんだよ。そんなに悠斗と二人で撮れたの嬉しかったのか?」


 その様を、恭弥が冷めた視線を投げかけながら言った。


「そ、そんなんじゃないわよ。ただ、このお菓子の部分だけ切り取ってLINEのアイコンにでもしようと思っただけ。文化祭っぽくていいでしょ?」


 千秋はスマホをスワイプし、拡大させたケーキセットを恭弥に見せる。

 しかし、恭弥はさらにドン引きしたように顔を引きつらせた。


「……エリスとその真岡さんの目に触れるかもしれないところにさっきの写メアップすんのかよ……。匂わせ? それともマウント? ……怖っ」

「そ、そんな深い意図あるわけないでしょ!? 恭弥、あなた私をどういう目で見てるのよ!?」

「気になる幼なじみを冷たく遠ざけた嫌な女。そのくせ、周りにライバルが現れ始めたら慌てて気を引こうとする執念深い女」

「くっ……。あなたねえ……」

「司がよく、『幼なじみは負けフラグ』ってオタクっぽいこと言ってたけど、おまえ見てるとなんか納得できるぜ。結局、その有利なポジションにあぐらをかいて、自分から色々捨てちゃうからなんだな」

「勝ちとか負けとか、そういうつもりなんてないって何度も言ってるでしょ!? 何よ、さっきは気を利かせてくれたと思ったのに、今度は嫌味とか」

「実際、少しは文句も言いたくなるさ。おまえが悠斗を避けるようになってから、あいつは俺や司とも離れていったんだ。俺たち幼なじみ’Sがバラバラになった最初の原因は千秋、おまえなんだぜ?」

「うっ……。それは、その……ごめんなさい」

「それに、あれから美夏さんもあいつにばっかり構うしよ……」

「……何よ。結局恭弥も私怨入ってるんじゃない。本音漏れてるわよ」


 これ以上の消耗戦は不毛と感じたのか、千秋とは恭弥は何となく窓の外に視線を移す。普段のこの時間には誰もいない校庭が、多くの人で賑わっている。非日常な光景が眩しい。


「……でもエリスは、おまえが陰に押し込んだ悠斗を、自分のパワーで陽の当たる場所にまた連れ出そうとしてる。その意味、わかってるんだよな?」

「……うん。悠君自身が気づいてるかはわからないけど、だんだん昔の明るい部分が戻ってきてる……そう思うわ。今の私が割って入るのはルール違反よね」


 恭弥は頷いた。千秋が吐き出した深い溜息と、今日の彼女の行動には気づかないフリをして。


「ま、付き合いが長い俺や司はともかく、普通ならどっちに肩入れしたくなるかは自明の理だな。まさか第三勢力がいるとは思わなかったけど。……てかあの野郎、最近モテすぎじゃね?」

「悠君も、恭弥だけには言われたくないと思うわ。本命がいるのにあちこちに愛想振りまいて勘違いさせてる八方美人にはね」

「言い方!? つーか、俺そんな態度取った覚えはねえぞ!?」

「こっちもこっちで自覚なし……。まったく、私の周りの男子たちは……」


 千秋はさっきとは違う意味合いの、呆れた溜息をまた吐いた。



 ×××

 


「それで、どうなんだよ? その真岡さんは。あ、これはおまえじゃなくてエリスから見て、って意味な」

「……うるさいわね。そんなに何度も言われなくてもわかってるわよ」

「まあ、その真岡さんも運がないよな。すごく可愛いけど、さすがに相手がエリスじゃ分が悪すぎる……」

「……強敵よ」

「え?」


「たぶんエリスにとって一番に相手にしたくない、強敵」

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