第3話④ 正しくないラブコメ?

 早速、出店に並んだ俺たちはラーメンを二つ注文する。俺はとんこつ、真岡は塩を選んだ。さらに、俺はチャーシューを2倍盛りのトッピングで加える。肉は止められねぇ…止められねえんだ。それとさっき宣言通り、俺が真岡の分も含めて代金を支払う。


 すると、出店で客の回転を優先させているためか、ほとんど待つことなく木のどんぶりに入ったラーメンがトレイに乗って出てきた。器が発泡スチロール製じゃないのは、昨今のご時世を反映して『環境にやさしい文化祭!』を謳っているからである。これも高梨会長がリードしたコンセプトだ


「真岡、取り皿もらうか?」

「いや、いいよ。大丈夫」


 せっかくだし、二種類の味を賞味できるように提案してみたが、真岡はすぐに首を振る。……こいつ、とんこつは邪道とか言うタイプなんだろうか。

 俺は二人分のラーメンをまとめてトレイを運び、近くに解放されているイートスペースの空席を見つけて腰を下ろす。

 どんぶりを俺から受け取った真岡は「おおっ」と目を輝かせた。


「出店のわりには結構本格的だな。美味そう」

「それな。めっちゃ腹減ってきたぜ」


 ゆらゆらと立ち昇る湯気と香りが食欲をそそる。とんこつスープのクリーミーさも見た目だけでわかる。


「じゃあ早速いただくとするか」


 真岡はわくわくとした様子でそう言うと、どこからかヘアゴムを取り出し、慣れた手つきでその長い黒髪を一つに束ねた。


 俺は何となくその一連の仕草を目で追ってしまう。飾り気があるとはお世辞にも言えないシンプルすぎるポニーテール。だが、普段は隠れているうなじや首筋が露わになって、そこはかとない色気を感じてしまった。

 ただでさえ、真岡は普段から肌色成分が少ない。今日も、もう7月だというのに長袖のブラウスとサマーニットを合わせていた。

 おかしいな……俺は別にポニーテール萌えじゃないはずなんけど……。


「……何だよ。じっと見て?」

「あ、いや……何か珍しいと思って」


 目を奪われていたとは言えず、そんな当たり障りのない感想にとどめた。


「そりゃ汁物食べるのに髪邪魔だし」

「ま、まあそうなんだけど」

「?」

「と、とにかく食べようぜ」


 「んー?」とやたらと首を捻っている真岡から視線を外し、俺は手を合わせて「い、いただきます」と一唱和。割り箸をパチッと割ってレンゲを手に取る。

 よし、気を取り直してまずはスープを一杯……。


 と思ったところで。


「えいっ」

「は?」


 一瞬、真岡のものだとはわからなかったほどの可愛らしい掛け声とともに、俺のどんぶりにいきなり箸が伸びてきた。


「……えっ?」


 俺がアホのように口をポカンと開けている隙に、ラーメンの上に乗っていたチャーシューががっちりホールドされる。そのままクレーンゲームのように宙に浮き、スーッと俺の視界を横切っていく。


「いっただき」


 そしてパクリと一口。俺の貴重なチャーシューが一枚、たった今真岡の胃袋へ吸い込まれていった。


「おっ、分厚いな。歯ごたえあってうまい」

「…………」


 今、こいつは絶対にやってはいけないことをした。


「真岡、おまえ……」


 ついさっきの心音の高鳴りなんてどこへやら、俺は真岡をハイライトのない目(気分)で睨み付ける。穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって何かに目覚めるのは、きっとこういう時に違いない。いや、俺は別に優しくもないけど。

 俺の本気の憤りを感じたのだろう、真岡は途端にあたふたしだす。


「あ、あれ? か、柏崎……もしかしてガチで怒ってる?」

「この顔見てそう感じないなら今すぐ作家辞めたほうがいいぞ」

「辛辣っ!?」


 いや当然だろ。おまえは今、それくらいの所業をやらかしたんだ。

 男子高校生にとって、肉ってのはそれだけ飢えているものなんだからな。


 俺が無言のまま絶対零度の視線をぶつけていると、真岡はうっ、と気圧されたようにのけぞり、そのうちに「ご、ごめん……」と神妙に謝ってきた。


「だ、だって……こういうバカっぽいやり取り、友達同士とかだとお約束じゃんか。『あーっ! 俺のチャーシュー!?』みたいな感じで。い、いや、あたしと柏崎は友達じゃないけど」


 おい、ホントに反省してんのかよ。

 ……って。


「ひょっとして、これも取材の一環のつもりってことか?」


 俺がそう指摘すると、真岡は「……うん」としおらしく肯定した。


「こういうベタなシーン、色んな作品でよくあるだろ。だからちょっとやってみたかったっていうか、体験してみたかったっていうか。あたし、こういうことできそうな相手って、今までいなかったし」

「……。とはいってもな……」


 光栄っちゃ光栄だけど、こいつ、本当に同年代の連中と行動するのに慣れてないんだな……。ま、俺もなんだけどさ。

 俺は心の奥底から「はあ……」とため息を吐く。


「いくら友達いないぼっちだからって、あんまり他人との距離感を急にバグらせるなよ。同じコミュ障の俺だからまだいいけど、他のヤツにやったらめちゃくちゃ引かれるぞ」


 俺たち高校生同士のコミュニケーションで、他人との距離感を測り違えるのは致命的だ。ましてや、相手がそうでもないのに、自分だけが一方的に近づこうとすることは。まだ半分も残っている学校生活に取り返しがつかなくなりかねない。


 しかし、何となく感じていたことだが、真岡は人付き合いに極端というか、アンバランスというか……見ていてヒヤヒヤする。エリスでも似たような場面に出くわしたことはあるが、彼女の場合は出身や文化の違いに起因するだけでエリス自身に非はない。だが、こいつのはどこか根本的な危なっかしさがある。


 ……まあ、作家として成功するような人間なんてこんなものなのかもしれないけど。自分の世界観で動く芸術家肌というか。

 そんなシリアス気味の思考に陥っていると、真岡はボソボソと小声で何かつぶやく。


「あたしだって、おまえ以外のヤツにこんなことするかよ……」

「? なんか言ったか?」

「な、何でもない!」


 真岡は慌てて首を振る。聞こえなかったのは、俺が彼女の将来をわりとマジで心配していたからだ。……難聴じゃないぞ?


「冷静に考えりゃ、おごってもらってるのに酷いことしたよな。悪かったよ」

「お、おう。わかってくれりゃいいんだけど」


「だ、だからさ」

「?」


 何を思ったか、真岡は今度は自分のチャーシューを箸でつかみ、俺の口元へとずいっと突き出した。


「ほ、ほら」

「へ?」


「は、はい。あーん」


「……えっ?」


「しゅ、取材の続き」


 彼女は真っ赤に染めた顔でそう言った。

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