第2話⑥ 元幼なじみの理由

『全然知らない女子から想いを告げられたら、あなたはその子の気持ちを受け入れるの?』


 元、幼なじみのその問いかけに俺は――――――――。


「いや、普通に断るけど。どうせ何かの罠だし」


 たったかと答える。

 しかし、なぜか(いや当然だが)桐生は俺の回答に不服さを隠し切れず、口元をヒクっと引きつらせた。


「……今はそういう話をしてるわけじゃないでしょ。わかっててはぐらかしてるわよね?」


 彼女はジト目でじーっと睨んでくる。俺は思わずあさっての方向へ視線を逸らした。


「べ、別にごまかしてるわけじゃねえよ。ちょっとシチュエーションを想像してみたけど、実際そんなことになったら、やっぱり相手を疑っちまうと思う。俺なんかを好きになってくれる女子なんてありえないって。全然知らない子ならなおさらだ」

「……そんな風にあんまりにも卑屈だからモテないんじゃないの? 自分に自信がなさすぎる男子って、正直どうかと思うわ」


 桐生はわずかに睫毛を伏せる。言葉の内容こそキツいが、それは非難めいたものではなく、どこか俺を案ずるかのような響きがあった。


「それは鶏が先か、卵が先か、みたいな話だな。桐生はさ、小さい頃からみんなに可愛い、って容姿を褒められまくってたじゃんか。だから自分に自信がついたんだろ? そして俺にそんな経験はまったくない。他人から肯定してもらえなきゃ、自分のことなんて信じられない。QED、証明終了だ」


 よく、『自分に自信を持て!』なんて無責任なことを平気で言う奴らが大人子ども問わずいるが、まず周囲と比較して自分は優れていると認識できなければ、自信なんて持ちようがない。ただ自分だけで『俺はすごいんだ、強いんだ!』と喚いてみても、そんなのはただの過信で、自分を客観視できていないイタい奴と思われるのがオチだ。


 それに桐生だけじゃない。美夏さんも、恭弥も、司も、琴音も。俺の周りの幼なじみたちはみな、幼い頃から同世代の異性の人気者だった。恭弥は幼稚園の頃から数え切れないくらいバレンタインのチョコレートをもらってたし、司はモテる、というのとはちょっと違ったが、女子たちにうまく可愛がられていた。美夏さんなんてここで語ることさえおこがましい。

 俺の周囲ではいつも、『かっこいい』『かわいい』『きれい』という感嘆詞が飛び交っていた。

 

 そして、それらの言葉が俺に向けられたことは一度もない。


 そんな経験をすれば、嫌でも自分の容姿が劣っているということに幼いながらも気づく。自分は他人に、とりわけ異性に好かれる人間じゃないんだ、と自覚させられていく。

 今でこそそれなりに悟りが開けて、こうして茶化した自虐ネタにできるくらいにはなったが、中学の頃は彼女たちに引け目を感じて仕方がなかった。桐生との距離が開いていったのも、今にして思えば必然だったのかもしれない。


 ましてや、俺は家庭環境が複雑なわけでも、家が取り立てて貧しいわけでもない。長寿アニメの主人公一家くらいには幸せな一般家庭だ。

 つまり、俺が自分が嫌いなのは誰のせいでもない。俺自身のスペックの低さが原因だ。


 陰キャ男子の闇だって、それなりに深いのである。


 俺の七面倒くさい言い訳に、桐生は「はあ」とうんざりした表情を見せる。


「というか、今はそういう話をしたかったんじゃないの。二回も言わせないで。相変わらず変な理屈をこねるのだけはうまいんだから」

「じゃあどういう話なんだよ」

「そうね……。じゃあ、これならどうかしら。その女子はクラスでもあんまり目立たないけど、実はかなり可愛い。悠君もほとんど会話をしたことはないけど、性格が優しいことも知ってる。そして、図書室に行くといつも彼女はいて、何となくお互いの存在は認識してる―――。こんな子から告白されたらどう?」

「どうって言われても……。桐生も意外と妄想力がたくましいとしか……」


 結構乙女チックだよな、こいつ。演劇のシナリオの話を聞いた時もそうだったけど。


「な、何でそうなるの。わ、私はただ、悠君みたいな男子が好きそうな子をイメージしてみただけよ。要するにここで言いたいのは、悠君の好みのタイプで、全然知らない相手でもなくて、あなたを貶めようとしてるわけでもない子から好かれたらどうするの、ってこと」


 なぜおまえが俺の好みのタイプを知ってるんだ……。いや、実際好きだけどさ。優しい文系少女って非リアにとってドストライクだし。……まあ、その子にはイケメンリア充の彼氏がいたんスけどね。あっ、昔のトラウマが……。


「でもまあ、本当にもしだけど、そういう子からだったらまんざらでも―――――」

「もう一度言うけど、”今の悠君”だったらよ」

「はあ? 何だ、その今の俺って――――」


 そこまで言いかけて、俺はふと声を止める。

 そして俺の脳裏に、ある少女の姿が駆け抜けた。眩く、輝くような笑顔を持つ、彼女の。


 ―――――――。


「……いや、それでも断る……かな」


 俺は言った。

 すると桐生は、それこそ満足する答えだとばかりに、ようやくまなじりを下げ、頷いた。


「今、悠君が何を考えたのかはあえて聞かないけど、そういうことよ」

「? そういうこと?」


「私が告白を断る理由」


 桐生はそう言うと、プイッと背を向けた。

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