第2章⑤ モテる女子とモテない男
さて、そんなこんなであっという間に時間は午前11時。来場者もどんどん増えていく。
俺と桐生は、スタッフとして校内のあちこちを回っていた。校庭や体育館のステージでの観客の誘導、オープンキャンパスツアーのガイドの補佐、各種イベントのチラシ配り……etc。桐生が言っていた通り、相当な忙しさだ。
俺は額についた汗を腕で拭いつつ、手元のファイルに目を落とす。
「次は……特別棟の中か」
「そうね。各教室で出し物をしてるから、そのチェックがメインね」
特別棟はその名の通り、家庭科室とか理科室とか音楽室とか、特別教室が並んでいる校舎だ。出し物も自然と教室の設備を活用したものになる。喫茶店とかガジェット作り教室とかミニコンサートとか。
そこまで考えて、ふと思い出す。
「そういや恭弥がやってる執事喫茶、家庭科室でやってるんだったか」
「ええ、そうね。じゃあ最初に顔を出してみる? 恭弥の執事姿が見られるんじゃないかしら」
桐生は珍しく悪戯っぽく笑う。こいつのぎこちなさは俺に対してだけで、恭弥と司には含むところはない。
だが、その提案には俺も同意だ。
「そうだな。せっかくだし、からかってやるとするか」
×××
と、思ったのだが。
「……かなり人が並んでるな」
家庭科室前の廊下まで来た俺は、その行列の長さに閉口しそうになる。
しかも、当たり前と言われれば当たり前だが、客の9割は女子。うちではない他校の制服の女子たちがキャッキャッと黄色い声を上げている。それから中等部の生徒たちもかなりの数だ。
そして、店の入口には、恭弥をはじめとしたイケメンたちのキメキメでバエな写真が展示されている。これってホントに執事喫茶なの……? ホストクラブの間違いでは……?
わりとガチでドン引きしている俺を尻目に、桐生が言った。
「高等部のカッコいいどころを結構な数スカウトしてきたそうよ。あとは生徒会でも、他校のSNSとかに宣伝しておいたから、そこから噂が広まったみたいね。うちの男子、校外の女子から人気あるし」
「…………」
「ま、悠君がスカウトされることはありえないから、そんな怯えなくても大丈夫よ」
「……うっさい、そんないらん心配してねえ。てか、この中に割って入るとか絶対無理だわ。桐生が全部確認してきてくんない?」
陰キャは女子の集団がとにかく苦手だ(いや、一人でも得意ではまったくないが)。こっちに視線が送られただけで、自分がクスクスと貶められているような被害妄想に陥ってしまう。というか、実際に妄想じゃなかったことだって何回もある。特に中学の時にな。
「何言ってるのよ。仕事なんだからそんなのダメに決まってるでしょ」
「いや、でもな……」
自分の肌に100%馴染まない姦しい雰囲気に俺がいつまでもグズついていると、桐生はやがて「仕方ないわね」と大きく嘆息した。
それから、彼女はなぜかいきなり俺の手を取ると、渋滞している行列に引っ張っていく。驚愕した俺が声を出す間もなく最後尾に並ぶと、俺の右隣に肩がぶつかるくらい距離を縮めてきた。彼女の細い肩が俺の二の腕に触れ、嫌でもその熱を持った体温を感じてしまう。
「と、突然何すんだ。びっくりするだろ」
やっと、声が出た。
「こ、こうしていれば悠君が変な目で見られることもないでしょ。な、並んでる男子は大体カップルみたいだし」
確かに、数少ない男子はカップルの片割ればかりだ。だが、居心地が悪そうに無言になっていたり、不機嫌そうに仏頂面をしていたりする奴がほとんどだ。まあ、この雰囲気だし当然だろう。ましてや、彼女がほかのイケメンにお熱な状況ならイラつくの無理はない。
……まあ、正直リア充ざまぁと留飲を下げているクズな俺なのだが。
「つーか、俺たちが列に並んでどうすんだよ」
たった今仕事って言ってたのはどこの誰だ。
「……もうお昼も近いし、せっかくだから休憩もしていきましょ。視察はその時に一緒にすればいいわ。せっかくだし、恭弥を指名してみない?」
「指名って……そういう店じゃねえだろ」
まあ、並んでる女子たちは「わあー、この人カッコいいー!」、「写メ撮らせてくれるかなあ?」「握手でしょ握手!」とか騒いでいるので大して変わらんのかもしれんが。
てかムカつくな……。
「……イケメンは敵、イケメンは憎き仇、イケメンは四天王のうち最弱……」
「何ぶつぶつと呪詛吐いてるのよ。まったくしょうがないわね」
桐生が呆れた溜息をつく。しかし、この沸々と湧き上がってくる怒りは止められないんだから仕方ない。モテない男ならほぼ100%の人間が共感するはずだ。ソースは俺。
「桐生みたいなモテる奴に、モテない人間の気持ちなんてわからんだろうよ」
「……別にちょっとくらいモテてもいいことなんかないわよ。見た目だけで近づいてくる男にロクなのいないし。どうやってかわそうかとか、考えなきゃいけないことも多いし」
「モテるってことは否定しないんだな……」
それに、おまえの言うことは自分が『持ってる』側の人間だから言えることだろ。持たざる者は声さえかけてもらえないんだぞ。
「てか真岡も言ってたけど、本当にそんな奴しか寄ってこないのか? 本気の男だっていたんじゃねえの?」
よくアニメとかドラマとかでも、告白されまくる美少女が『外見ばかりで誰も本当の私を見てくれない!』って叫んでいるが、俺はいつも「ホントかよ……」と冷めたツッコミを入れながら見ていた。
そりゃ顔だけで判断するチャラ男もたくさんいるだろうが、そうじゃない奴だってそれなりにいるはずだ。結局のところ、『(自分好みの顔と性格の男が)本当の私を見てくれない!』ってだけじゃねえの? といつも白けた心境で見ていたものだ。
「真岡さんも……ってところが気になるとこだけど、ほとんどはそうよ。それに……本気は本気で困るの。相手が深く傷つくし、こっちも罪悪感で結構落ち込むから」
「だから何で断る前提なんだよ。別にガチで嫌な相手じゃなけりゃ試しに受け入れてみればいいじゃんか。一緒にいるうちにだんだん好きになるパターンだってあるだろ?」
いや、俺もフィクションの知識だけで実際は知らんけど。
特に深く考えることもなくそう言うと、桐生はやけに恨めしげな視線を俺に向けてきた。明らかに非難のオーラを纏っている。
「な、何だよ」
「じゃあ、悠君はもし自分がモテモテだったら、告白してきた子の中から、良さそうな子を適当に選んで付き合っちゃうつもりなの? 最低ね」
「そ、そんな仮定、俺にとっちゃ意味ないだろ。ありえるわけないんだから。モテる自分なんて妄想はしても想像はできん」
異世界転生モノじゃないんだからな。ドッキリや罰ゲームを疑う未来しか見えない。まったくもってイメージができない。
だが、俺の答えに納得はできないらしく、桐生は三度、深く深く息を吐いた。
「じゃあ質問の仕方を変えるわ」
「……何?」
「仮に、『今の悠君』が全然知らない女子から想いを告げられたら、あなたはその子の気持ちを受け入れるの?」
彼女はひどく真剣な表情で、そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます