第2話④ 杜和祭、開幕!

 午前9時、開場―――――。

 俺はスタッフとして、閉じられていた重たい正門を力押しで開ける。すると、校門前で待ち構えていた学生や、保護者と思われる大人たちが一気になだれ込んできた。まだ朝一だというのに結構な人数である。


『みなさーん!! 今日は来てくれたありがとー! 中等部も高等部も、おもしろおかしい出し物をたくさん用意しているから、いっぱい楽しんでいってくださいねー!』


 校内中のスピーカーから流れるアナウンスの主は小野寺さん……もとい、彼女が中の人を演じるVtuber、エルフのシルヴァ(命名:司)だ。

 ビジュアル通りの銀色の髪と、杜和祭の『杜』、すなわち森という意味のラテン語、『Silva』をかけたものらしい。オタクや中二病患者はラテン語が好きだからね。仕方ないね。


「今のがシルヴァたんの声? かわええ……!」

「中の人が声優って噂、Twitterで流れてたけどホントかな?」

「今のアナウンス一つ聞いても素人って感じじゃないぞ。この学校の生徒なんか?」

「シルヴァのデザインも高校生がしたらしいぜ。すげーよな」


 俺の目の前をを通り過ぎたオタクグループらしき学生たちから、そんな会話が聞こえてくる。


 実は司が、この杜和祭のプロモーションとして、シルヴァの動画を配信サイトや学校のHPにもアップしていた。司のオタク関係のネットワークも総動員して仕掛けた結果、SNS界隈ではすでにそこそこ話題になっていたようだった。


 スタートからこれだけ集客に貢献するとか、司のチーム、早くもMVPの有力候補だな……。


 杜和祭では、一番面白かった企画を来場者の投票で決めるイベントがある。その開票の中継も祭りの目玉の一つだ。MVPに選ばれたチームは内申点が大きく加算される、なんて噂まで囁かれている。


 しかも今年から、投票は来場者向けに配信するアプリやQRコードからもできるようになった。これは高梨会長の発案だ。彼女は生徒会長というお堅い役職に就いているにもかかわらず、こうした柔軟な思考を持ち、それを実現する行動力も持ち合わせている。


 やることなすこと、大学の学祭レベルである。この学校、レベル高すぎねえか……?

 司や会長だけじゃない。シルヴァに声優として命を吹き込む小野寺さん、ハイレベルな演劇を指揮する西條先輩、その脚本を書いたプロ作家候補の真岡。

 そして、日本語を筆頭に数カ国語を流暢に操り、将来は世界中を駆け回る人材になることが確実であろうエリス。


 みんな、何もかも俺とは違いすぎる。才能も、努力も。何より、その精神が。


 おそらく彼女たちは、この高校という閉ざされた鳥籠から巣立てば、どんどん遠い空に飛んでいくはずだ。地球を広く飛び回る渡り鳥のごとく。

 一方の俺は、せいぜい家の周りをフラフラする程度の留鳥。非リア陰キャは冒険心に極めて乏しい。勇気だってない。


 よく考えてみたら、エリスだけ一足先に学校を去るというだけで、ほかの皆とも付き合いが続くのは、せいぜい高校卒業までだろう。その先の道は、きっと別たれる。単に違う進路を選ぶって意味だけじゃない。もっと、根本的なものが。


 そんな一抹の寂寥感と諦観に浸っていると、いきなり側頭部をパシンとはたかれた。

 誰だよ、と思って手が出てきたほうを見ると、俺と同じく『STAFF』の腕章をした桐生が不機嫌そうに腕組みをしていた。


「まったく、せっかくのイベントなのに、のっけから何暗い顔してるのよ。今年は悠君もホストの一員なんだからシャッキリしなさい」

「……別にそんな顔してねえよ。ただ、司とか小野寺さんとか、この学校の連中ってすげえなって、改めて感心してただけだ。将来が楽しみな奴らばっかだなあと思ってさ」


 全部が嘘ではないが、かといって本当というわけでもない、玉虫色の答えを返す。俺がデフォルトで装備しているスキルだ。……最近はエリスと接するようになって、やたら滅多に発動しないよう気をつけていたつもりだけど。

 しかし、今の相手はずっとすれ違いが続いていた元幼なじみ。どうしても、本心ではない言葉の比率が増える。


「感心? 嫉妬じゃなくて?」

「…………」


 そして、その俺の情けないスキルを無効化する術を、桐生もまた持っている。元幼なじみがゆえに。

 ……まあ、気づいたとしても、そこをそのまま踏み込んでくるのは、こいつにしては珍しいなとも思ったが。

 桐生は挑発的な眼差しを俺に送ってくる。だから、


「まあ、そういう感情が混ざってるのは否定はしねえよ」


 俺の側があっさり折れた。ここで無理に意地を張るような時期はとっくの昔に過ぎている。


「とは言っても、嫉妬ってよりは諦め、のほうが感覚としては近いと思うけどな。俺みたいなパンピー未満の人間からしたら、妬むのさえ恐れ多い」


「ヘタレね」、とでも罵られると身構えてみたが。


「……そうね。本当に敵わないって思った相手には、対抗する気もなくなっちゃうわよね」


 だが意外にも、桐生は俺の発言に同調してきた。


 ……いや、意外でもないのかもしれない。


 偉大で優秀な存在が、彼女の前にはいつも立ちはだかっていたから。

 

「でも、尖った主役ばかり揃っていてもダメだと思うわ。そういう人たちをしっかりサポートできる人材だって、こういうイベントごとには必要よ」


 それは俺へのフォローなのか、あるいは自らに言い聞かせているものなのか、


「悠君も、準備委員としてずっと頑張っててくれたじゃない。会長も感謝してたわよ。『柏崎くんがいてくれてすごく助かったわ』って」


 一応、前者のつもりで言っていてくれてるらしかった。


「ありがたい言葉だな」


 身に染みる一言だった。さすがにカリスマは違う。こうやってファンを増やしていくんだろう。

 でも―――――。

 でも、そんなのは誰にだって―――――。


「それに、私だって……」

「……ん?」


 桐生の大きな鳶色の瞳が、真っ直ぐにこちらへ向けられる。

 そして、優しく微笑んだ。

 彼女の顔を、こんなにはっきり目に留めたのはいつ以来だろうか。


「私だって感謝してる。ここまで手伝ってくれて。……ありがとう、悠君」

「桐生……」


 だが、俺が言葉を紡ぐより早く、彼女はくるりと背を向けた。もう表情は見えない。


「……今年は去年以上の人出になりそうね。きっと忙しくなるわ。さあ、行くわよ!」


 桐生はそのまま早足で歩き出す。


「……やれやれ」


 俺は彼女の後を追う。さっきまでの憂いが少しだけ晴れた気がした。


「今日は……熱くなりそうだな」


 何はともあれ。


 杜和祭の開幕である―――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る