第1話④ Like or Love?
付き合ってるんですか――――。
見ず知らずの少女からのいきなりの、ストレートすぎる問いかけ。
その質問に対する俺の答えは――――。
もちろん、決まっている。
「いや、別に付き合ってなんかないよ」
主観的にも客観的にも当然の事実だ。
俺の明確な否定を聞いた小野寺さんは、「やっぱりそうなんですね」と納得し、ふーんと頷く。
……ぽしょりとつぶやいた「やっぱり」ってのが気になるが。まあ、俺とエリスじゃ釣り合わないとか、諸々の格差が大きいとか、顔面偏差値が違いすぎるとか、そんなところだろう。言われなくてもわかってるっつーのに。
とにかく、この話題はもう終わり。
俺が態度でその意思を示そうと、身体を彼女から背を向けたところで、小野寺さんが続けて言った。
「じゃあ、好きなんですか?」
「……は?」
「お二人が付き合ってないことはわかりました。でも、柏崎先輩がエリス先輩のことが好きな可能性は残ってると思いまして」
小野寺さんは淡々と言った。不思議なのは、彼女は俺をからかっているわけでも、煽ってるわけでもないように見えることだった。ただ純粋に知りたい……そんな感じである。
俺は視線の置き所に困ってちらりと周囲を窺う。すると、司がほーんと興味深げに顎に手を当てている。アイコンタクトで助けを求めてみるが、大げさに肩をすくめるだけだ。どうやら、俺に助け舟を出してくれるつもりらしい。楽しんでやがるな、こいつ。
内心で舌打ちをしつつ、俺は司の反対側にいる、もう一人の少女へ視線を移した。
……頼む、真岡。いつもは腹が立つが、今はその口の悪さを存分に発揮することを許そう。だから、この微妙な、気まずいような、痒いような空気を壊してくれ。いつもみたいに茶化してくれるとなお良し。
そんなことを考えつつ、俺の目線は真岡の正面を捉えた。
しかし――――。
「……真岡?」
なぜか、彼女は息を呑むほどの真剣な表情で俺を見ていた。
その瞳はわずかに潤み、唇は強く引き結ばれている。
さっきまでのからかいの様子は微塵も感じられない。
まるで、小野寺さんよりも彼女のほうこそ、「どうなんだ?」と、俺に本気で問うているかのような。
真岡の強い眼差しに気圧され、俺の視界はぐるりと半周し、結局小野寺さんの元へ帰ってきてしまった。
「どうなんですか、柏崎先輩?」
彼女は再び、俺にその疑問をぶつけてくる。
「それは――――」
「好きか」「好きじゃないか」。
そう問われれば、その答えは言うまでもない。
あんなに明るくて、優しくて、気立てが良くて、綺麗で。
そんな子に好意を持たない奴などそうそういないだろう。
だが、ここで聞かれているのはライクじゃない。ラブである。
そして、幾度となく自己分析していることだが、俺はエリスに後者の意味で好意を抱くことに、意識的も無意識的にもブレーキをかけている。
ちっぽけなプライドや見栄、それに己への自信のなさ、不信感。ありとあらゆるくだらない自意識が、俺自身を雁字搦めにしている。
だからといって、「別に好きじゃない」とあっさり切り捨ててしまうのも、それはそれでおかしい。エリスを自分の気持ちに反した状態で傷つけるのは絶対に嫌だし、何より、そう断言してしまったら、俺自身がものすごく後悔しそうな気がする。
大体、他人への気持ちなんて、「好き」とか「好きじゃない」とか「嫌い」とかの一言で片づけられるような単純なもんじゃないだろ。そんな二元論で済むなら、とっくに人類は平和になっているじゃないか。
……って、ああ、もう。ホント、我ながらクソめんどくさい思考ばかりするヘタレ野郎だな、俺は。こんなんだから、エリスに余計な心配をかけちまうんじゃないか―――。
この間、わずか数秒にも満たなかったはずだが、その刹那の瞬間にも、俺の百面相から懊悩を感じ取ったのか、小野寺さんはふと表情を緩め、悪戯っぽくペロリと舌を出した。
「ごめんなさい、いきなりちょっと不躾でしたね。これ以上はやめておきます。すみませんでした、先輩」
「あ、いや……」
「ただ、少し前……ゴールデンウィークの時だったと思うんですけど、柏崎先輩たちが二人でお出かけしてるところを見かけたものですから。てっきりそういう関係なのかなあって」
……ああ、そういうことか。
どうやら彼女は、俺とエリスが出かけたあの日、俺たちのことを目撃していたようだ。
まあ、それなら今の質問も理解できないわけではない。その時の俺とエリスが、彼女からどう見えていたのかは別として。
当然、その日の朝に出くわした真岡も、そのことは知っている。
しかし、ただ一人、事情を知らない司が、やけに目を輝かせていた。
「え? 何、エリスさんとそんなことしてたの悠斗? あとでちゃんと聞かせてよ。恭弥や千秋にも共有しとくから」
「そんな宣言されて教えると思うか? 断固拒否する」
そして、どういうわけか、真岡は肩透かしを食らったかのように、ぼうっと呆けていた。
「……真岡? さっきからどうしたんだ?」
「あ、いや、な、何でもないぞ」
「?」
真岡の挙動不審な様子に俺が首を傾げていると、小野寺さんはふむふむと楽しげに頷いていた。
「でも、だいたいわかりましたよ。柏崎先輩のことも、真岡先輩のことも」
……っていうか、今さらだが、この子は一体何なんだ?
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