第1話⑤ 小野寺日和 その2
その栗色の髪をしたお団子頭の少女、小野寺日和さんは「なるほど、みなさんのこの関係、結構アレですね」とかぶつぶつ言いながら、したり顔でやたらと頷いている。
「……つーか、さっきから何なんだこいつ? いきなりあれこれ柏崎に詮索してきやがって」
我に返ったらしい真岡が、俺の心境とほとんど同じ意見を放った。ただし、言い方や声のトーンが相当にキツい。目つきもマフィアに雇われたイレイザーみたいになっている。こんなんだから、誤解されやすいんだよなあ、こいつ。
だが、小野寺さんはそんな真岡の視線に怯みもせず、小首を傾げてウィンクをしてみせた。
「てへ、すみません、真岡先輩。ちょっと調子に乗っちゃいました」
「…………」
そのあざとさ満点の仕草を見た真岡の眉が、さらに吊り上がった。漫画のコマだったら「ピキッ」という擬態語が表現されていそうだ。
……これは、あれだ。
俺のような非モテぼっちには、女子同士の人間関係など複雑怪奇で意味不明だ。。
だが、そんな俺でもこれはさすがにわかる。
この二人は、合わない。
「でも、真岡先輩も聞きたかったんじゃないですか? 柏崎先輩の答え」
「……知らない。ってか、勝手に他人の心理を推測すんな」
礼儀正しく物腰も柔らかいが、どことなく小悪魔的な雰囲気を漂わせる小野寺さん。おそらく、クラスの中でも”上位”に入っている女子だろう。
一方の真岡は愛想もないしお世辞も満足に言えない、不器用がダッフルコートを着て歩いているような女だ。相性がいいわけがない(まあ真岡はそもそも誰とも合わないんじゃないか、というツッコミは置いといて)。
そして正直なことを言えば、俺自身も小野寺さんに対して微妙な第一印象を持ってしまった。
後輩だし、まだ会ったばかりだから本当のところはわからんが、もし同級生であれば相当警戒しているタイプ。俺の『対女子警戒アラート』がレベル3(マックスは5)で鳴り響いている。可愛くて自身に魅力があると自覚している女子には要注意。俺は詳しいんだ。
小野寺さんと真岡は、それぞれ笑顔と仏頂面で視線を交わし合っている(睨み合うとも言う)。それを見かねたのか、司が少し慌てた様子で割って入った。
「まあまあ。ごめんね、悠斗、真岡さん。彼女……日和ちゃんは仕事柄、人間観察が趣味みたいなところがあるからさ」
「言い方が悪いですよ、司先輩。私がチェックしているのは人間そのものじゃなくて、人と人との関係性です。あの人とあの人、実は仲が悪いんだろうなーとか、あの付き合ってるカップル、今は倦怠期なんだろうなー、とか」
「いや、それあんまり変わらないでしょ……。てか、そのほうがタチ悪いよね」
「……仕事柄?」
小野寺さんのしれっとした発言にかすかな恐怖感を覚えつつも、俺がより気になったのは、学生の身空では聞き慣れないその単語だ。すると、小野寺さんはむん、と胸を大きく逸らして言った(なお、彼女の体型は以下略)。
「……この場を見られちゃったので言っちゃいますけど、実は私……声優のお仕事をしているんですっ!」
×××
俺はぽかーんとアホみたいに口を開ける。
「……は? せいゆう……? ……それって、あの安いスーパーの?」
「いや悠斗、その返しはまったく面白くないよ」
「……え。でもそうじゃなかったら、あのアニメに声を当てる声優しか思い浮かばないんだが」
「だからその声優なんです、私」
……え? 本当に?
「ふーん……さっきの演技がやけに上手いと思ってたけど、そういうことだったのか」
呆けている俺に対し、真岡は至極冷静に受け止めている。おい待て、声優だぞ声優?
ひょっとして、こいつはアニメとかに興味がないのだろうか。ラノベっていうサブカルっぽいジャンルを仕事にしようとしてるくせに。
小野寺さんは表情をふっと緩めて笑顔を見せる。ただ、少し苦い笑いだが。
「とはいっても、やっとメインキャラクターの役を少しもらえ始めたくらいの、駆け出しなんですけどね」
いや、でもまだ高1だろ? 確かに、最近は10代のうちにデビューする声優も少なくないとは聞くが……。エリスといい、真岡といい、この学校のレベルどうなってんだ。
「またまた謙遜しちゃって。悠斗、日和ちゃんはね、悠斗がこの間絶賛してた『クロノ・ウェーブ』のソシャゲ版のメインヒロイン役も決まってるんだよ」
「……へ? それマジ?」
俺は思わず小野寺さんにまじまじとした視線を送ってしまう。
『クロノ・ウェーブ』とは元々パソコン版のエr……げふんげふん、ノベルゲームが原作のメディアミックス作品だ。一昔前の言葉を借りれば、『泣きゲー』というジャンルに当たるとは司の言。作画には定評のある、とあるスタジオが制作したアニメ版で大ヒットし、今やゲームや映画にまで派生している。そしていよいよ、ソシャゲ版がリリースされるとネット界隈でも話題沸騰中だ。
俺も司からアニメ版を借りて視聴したが、そのストーリーに大号泣。その後こっそり原作版もダウンロードしてしまった。
「す、すげー……」
俺が拙い感嘆詞だけを漏らしていると、小野寺さんは今度はクスクスと意地悪めいた笑みを漏らした。
「あ、柏崎先輩も「時波」、好きなんですか? ふふっ、意外と……いや、そのままかな? ムッツリさんなんですね」
あ、やべ。
「は? ムッツリ?」
意味が理解できていない真岡がクエスチョンマークを頭に乗せた。
「そうです。その作品の原作は18禁ですからね」
「ん? え? じゅ……?」
「要はえっちいゲームってことです。あ、もちろん、私が出演するソーシャルゲーム版は全年齢向けですよ」
「…………。柏崎、おまえ……」
そこまで聞いた真岡は、ゴミでも見るような視線で俺を見る。そして、そそくさと身をよじるようして距離を取った。当たり前だが、とんでもなくドン引きされている。
俺は言った。
「ま、待ってくれ! 俺がプレイしたのは全年齢だけだ!
「悠斗、それ微妙に言い訳になってないから」
俺の魂の叫びに、司の淡々としたツッコミが入った。
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