第1話③ 小野寺日和 その1
「……じゃ、じゃあ行くか。次が最後だぞ」
「あ、ああ。いや、うん」
寂しげな微笑のまま放った真岡の一言に、俺は何も言うことができなかった。話を逸らすがのごとく、廊下の向こうを指差しながら彼女を促す。
真岡も真岡で、自分が少し痛い発言したと後悔でもしているのか、この件をこれ以上掘り起こそうとはせず、気まずげな表情のまま歩き出す。
最後に俺たちが向かったのは、司が参加しているVtuberの企画チーム、すなわち映像研の部室だった。
ドアを三度ノックし、中に入る。すると、やたらと高くて可愛い、それでいて体の内にどっしりと響くような、芯のある女子の声が奥から聞こえてきた。
『みんなー! 今日は杜和祭に来てくれてありがとー!! たくさんのイベントがあるから、思いっきり楽しんでいってねー!!』
「な、何だ?」
「これは……」
奥の部屋へ足を踏み入れると、一人の少女がヘッドホンとマイクをセットし、花が咲くような笑顔で、例のVtuberに声を吹き込んでいた。予想していたことではあったが、あの銀髪エルフさんの中の人は、この間部室の前で出くわしたお団子ヘアーの女生徒だったようだ。
「あ、悠斗。それに真岡さんも」
俺たちの気配に気づいた司が、覗き込んでいたPCから顔を上げた。桐生ほどではないが、真岡も準備期間中にここを訪れているので、司とは顔見知りになりつつある。……まあ、コミュ力に問題ありの真岡なので、打ち解けているという状態にはほど遠いのだが。
「本番前に最後の準備状況を確認に来たんだが、明日は大丈夫そうか?」
俺がシンプルに用件を尋ねると、司はしっかり頷いた。
「うん、問題ないよ。一番の難問だった”彼女”のスケジュールもギリギリで調整ついたしね」
いつものようにのんびりとした口調でそう言った司は、その
「
司がその少女に労いの言葉をかけると、彼女は「ふう」と一息つき、ヘッドホンを外した。
「はい、ありがとうございます、小笠原先輩。あ、この間の先輩さんも。お疲れさまです」
日和、と呼ばれたその女生徒は、またしても学生っぽくない挨拶をしてきた。しかも、ペコリと丁寧にお辞儀まで付け加えて、である。さっきまでの元気で明るいエルフの少女を演じていたとは思えない、礼儀正しく落ち着いた所作だった。
「え? は、はい。お、お疲れさまです」
その身の変わりように、何か恐れ多いものを感じてしまった俺は慌てて会釈。なぜか敬語になってしまった。「典型的なモテない男のどもった反応だな」と鬱陶しい茶々を入れてくる真岡は無視する。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は1年4組の
「ああ、俺は……」
「柏崎悠斗、先輩ですよね? 小笠原先輩から伺ってます」
俺はちらりと司を見やる。その童顔の幼なじみは「変なことは吹き込んでないよ」と苦笑した。
「あ、ああ。そうか、よろしく、小野寺さん」
「あとは……1年生の間でもたまに話題になってます」
「……話題? 誰が?」
「もちろん、柏崎先輩です」
小野寺さんは楽しそうに指を振る。
だが、陰キャな俺としては聞き捨てならない一言である。
しかし、俺よりも大げさな反応をしているヤツがいた。
「……この、根暗で影も顔も薄い柏崎が、下級生の中で話題……? おまえ、何がしたのか……? 悪いことは言わない、すぐ自首しろ。……な? あたしも証言してやる。検事側でな」
「弁護側じゃないのかよ……」
「『いつかやると思ってました』ってセリフ、群がるマスコミに向けて一度は言ってみたいんだよな」
「あのな……」
真岡は憐みの目で俺を見つめながら、ポンポンと肩を叩いてくる。さっきまでの物憂げな表情はどこへやら、って感じだ。
どうでもいいが、真岡にボディタッチ(このくらいでそう感じちゃうのは、真岡の言うとおり俺がモテないからだろう)されたのはこれで二度目だな……。あの時は背後からだったが(数えてるところが我ながらキモい)。
「そ、それで、何で俺なんかが一年生で話題に? 俺ほど存在感が薄い奴はそうはいないと思うんだけど」
「……結局そこは否定しないのな……」
呆れる真岡を横目に、俺が小野寺さんに尋ねると、彼女はあっさりと答える。
「今学校中で話題の、あのエリス先輩の保護者的な人だって。あの人、先輩のおうちにホームステイしていらっしゃるんですよね?」
「……またその噂か」
高梨会長も言っていたことなので想像はついていたが、俺が考えていた以上に学校中に広まってしまっているらしい。一年生の間でも周知の事実とは。
「? 噂……ということは、本当は違うんですか?」
小野寺さんは当然の疑問を口にした。
「あ、いや、半分当たりで半分外れ……ってとこかな。エリスがホームステイしてるのは、俺が働いてるバイト先の店長の家なんだよ。その店長にエリスを紹介されて、『仲良くしてやってくれ』って頼まれたってわけ」
俺とエリスに接点があることは、必要以上に校内の連中には知られたくないのが本音ではある。だが、すでに桐生が高梨会長に経緯を全部話してしまっているので、ここで俺が矛盾することを言うわけにもいかない。まあそもそも、ここに真岡と司がいる時点で、嘘などつけないのだが。
小野寺さんは「へえ、そうなんですか……」と興味深げにつぶやくと、そのまま「タン」と音を立てて一歩俺に近寄り、昆虫でも観察するように俺を凝視してきた(『昆虫』ってのがポイントだ)。
「……な、何?」
その目力に気圧され、俺は一歩後ずさる。真岡が「おい、おまえ……」と低い声を出すのが耳に入った。
「それで、実際はどうなんですか?」
「……は? 実際?」
「柏崎先輩は、あのエリス先輩とどういう関係……いえ、付き合ってるんですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます